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写真の可能性って

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落ち着く景色(11/23撮影)

意図して撮るわけではないけれど,後から見ると結果的に落ち着いた感じの写真があります。

昨晩は新しく導入したGPSでを追尾する機材で撮影の練習をしてみました。しかし慣れていない機材だから暗闇の中で説明書を読むことになり,やたら設定を変えたりとただ忙しいだけでさっぱり落ち着かなかったのです。最後にはただ三脚に付けただけのカメラが一番写りがよかったりしました。

景写真もつまりは夜も景色を撮りたいと思う気持ちから始まったことですが,こんなに世の中に流行ってくるとは思いませんでしたね。カメラの性能がよくなった結果でしょうか。リバーサルで撮っていた時代は36枚撮りのフジクロームやエクタクロームでうまくいって数枚しか写っていなかったという撃沈を重ねていた時代からすると隔世の感がします。

休日の蕪栗沼 467-2-1s
一本の木 (蕪栗沼11/24)

今朝は蕪栗沼に朝のマガンの飛びたちを見に行きましたが,かえってマガンの飛びたちの後の,一仕事終わったという時間帯の方がリラックスして周囲の細かい景色をよく見ることができて気に入っていることもあります。この二枚目の写真はそんな気持ちの時に撮った写真です。左上の枝に小鳥が留まっています。またこのような写真はどうでしょうか。

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ブレックファースト オブ スワン

ハクチョウはいつも飛んでいるもの,優雅に光を浴びているものというイメージとは違う視点で見ることができます。

今年の河北写真展が発表され,素晴らしい作品が今年も見られました。しかし,審査員総評に小松ひとみさんがこう書いていました。
過去の入選・入賞作を模倣、追従する出品が多かったのは残念。その一方で遠景、中景、近景のバランスを意識しつつ東北の美しさを表現しようという作品が増えてきたのは収穫だ。
 食部門は、もっとバラエティーが欲しい。東北にはたくさんおいしい物があるのに、十分に撮り切れていない印象を受ける。食をめぐる物語、作る人や食べる人の表情を絡めた作品を見たい。
 今回は、通り一遍でない被写体の捉え方をする作品が上位に食い込んだ。つまり独自の発想を持たないと今後、入選は難しいということ。「見逃している物はないか」と自問しながらシャッターを切ってほしい。(下線は私)

つまりあの場所へ行き,あの写真のように撮りたいという考え方だけでは作品に新しいものが見えてこないと言うことでしょう。
昨日,東京国際映画祭の一般公募審査員がWOWOW賞を決定するまでの流れも同時に放送されていましたが,審査基準は「視点の新しさと挑戦的な映画であること」というのが賞を決定する基準でした。その上で「草原の実験」が選考されるまでのいきさつがまた面白かったのです。「視点の新しさと挑戦的な作品 」というのはいつも芸術を志す者に突きつけられてくる課題です。これは難しいように思われますが,自分の足下にあるものでもあるようです。つまり何かおもしろいものを探し求める探求心やそれを見逃さない観察眼になっていきます。俳句や詩,短歌と同じですね。

田山花袋が柳田国男に会うと,きまって何かおもしろい話はないかいと聞いていたそうです。
そこで柳田国男は「山の人生」のあの一番有名な話「山に埋もれたる人生あること」を聞かせたと言います。
西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞(まさかり)で斫(き)り殺したことがあった。
 女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰って来て、山の炭焼小屋で一緒に育てて居た。
しかしその事件性の強さに田山花袋は敬遠したといいます。記憶違いでなければよいのですが,花袋の「重右衛門の最期(1902)」という作品は柳田から情報を仕入れた作品ではなかったでしょうか。

いずれにせよ,「視点の新しさと挑戦的な作品 」である写真を私たちが意識した上で撮影しているわけではありませんが,どんな景色をどんな時間帯に,そしてどう撮るのかというテーマに対するアプローチを日々怠ることなかれということなのでしょう。そして景写真を含む夜の景色にまだ開拓の可能性があると私自身は思っています。


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