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新風景論-新・遠野物語-

遠野大晦日 746-2s
遠野附馬牛地区夕暮れ

新年おめでとうございます

 「遠野物語」が誕生する経緯は今までに何度か簡単に紹介しましたが,佐々木喜善,柳田国男。そしてその二人を巡り合わせた水野葉舟,どれをとっても出会いの不思議を感じざるを得ません。
1910(明治43)年の「遠野物語」の出現は実に時代の潮流を変えるべき出来事だったと思います。この仕事の成果はのちに柳田国男が昭和に入っても「遠野物語」119話を遥かに凌ぐ「遠野物語拾遺」299話を出して「遠野物語」を完結しようとした姿によく現れていたと思います。
 さらに彼らの旺盛な書簡類から汲み取れる佐々木喜善の魅力,柳田国男の魅力,水野葉舟の魅力どれをとっても明治に生きた彼らの仕事は第一級です。

遠野大晦日 461-2s
土間から上がり,蚕部屋へ

さらに,この「遠野物語」の魅力は仏教以前の東北の信仰をあぶり出す可能性に満ちていたと言うことが出来ます。仏教という思想にならされてしまう前の日本人の考え方や信仰が見えるような気がします。


こんなことを感じながら遠野を訪ね歩きました。デンデラ野では雷にあいながら,雨宿りをしました。桜の季節には大洞の桜を撮影しました。いつしか「遠野物語が生まれてくる場所」に自分が立つことで,自分なりの遠野物語の生まれ出る土地の魂を感じたいと思うようになりました。

 小栗康平の映画の中でも遠野物語の話が実に濃密に表現する場面があります。「マヨイガ」です。
いつか自分も自分の「遠野物語」の映像を,と思いました。

 こんなことを考えながら,月日は過ぎていきました。
折口信夫に魂の来歴を知り,赤坂憲雄の著作で東北人の源像を見つけようとしました。

その中から今日は「供養絵額」を紹介しましょう。
あの世で暮らしている亡くなった家族の幸せな生活を絵で表して供養するというものです。これも非常に珍しいものです。

遠野大晦日 356-2s
供養絵額

絵を見ると,男は死んだ後も酒を一杯やりながら笑っていて,あとからあの世へ行った娘と談笑しています。娘は28歳で亡くなったようです。絵の右上に戒名と享年が記されています。
子どもと別れたのか,それとも未婚で死んだからか,あの世で楽しく二人の子どもと暮らしているようです。子どもは楽しいおもちゃを手にして幸せそうです。あの世でおいしいものでも食べてねと刺身も描かれています。

「遠野物語」を歩く。
時間の地層から露出しているものをもう一度見つめたいと思う。


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