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新・遠野物語-神隠しその四「走り」-

日曜朝さんぽ道 068-2s
オオタカ

遠野物語の中の神隠しの話を始めて長くなってきました。

神隠しはある日忽然と理由もなく人が消えるということですから,どこか恐ろしく,誘拐と結びついたりして事件性が高い出来事です。
何回か読んでいくうちに,ふと神隠しの話は出来事自体としては恐ろしいんですが,村という閉鎖的な共同体としてはどんな意味があったのだろうと考えてみました。つまり神隠しは村にいられない事態になって村から脱出する方便となっていることはないだろうか,男だったら何か犯罪を犯してしまい,逃げなくてはいけない事情が生じたとか,女にとっては世間体としては許されない駆け落ちを試みたとか,嫁いだ先の姑があまりにきついとか,奉公先の待遇があまりにひどかったとか,そんな意味で脱出する必要が生じたときに神隠しと称して穏便に収めることで周囲に迷惑が掛かることを回避したのではないかと深読みしてみたのです。

日曜朝さんぽ道 538-2s
さんぽ道の今

あまりにも有名な遠野物語八の「寒戸の婆」では失踪した時「若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎおきたるまま行方を知らずなり」とあります。この「草履を脱ぎおきたるまま行方を知らずなり」という箇所は背筋が寒くなる程のリアル感があります。
でも梨の木の下に草履をきれいにそろえたまま行方不明となることを察するに,ある程度の覚悟があったとも受け取れるのではないでしょうか。よく自殺者が靴をそろえたり,失踪する者が部屋をきれいにして去るということもあります。

内沼11日 161-2s
雪降る

このように考えると,神隠しの中に意図的な逃走という意味が隠されていても不思議ではないと思ってしまいます。つまり「走り」です。「走り」と言うのは農民が個人や家族単位で村から逃げるということを言います。管理の厳しい中で暮らすことよりも例えば親戚縁者を頼って夜逃げするわけです。この記事の神隠しの「その一」に牛名子の娘の神隠しの話を載せましたが,むしろ金持ちの餌食になって売られて死ぬよりはいっそ山に逃げた方がいいわけです。また山椒大夫の安寿と厨子王のように遠くにいる母親に一目会いたくて売られた所から逃げることもあったでしょう。一方「逃散(ちょうさん)」という言葉もありますが,これは領主への訴が受け入れられない場合の農民の組織的な逃亡です。しかし「走り」と違うところは「逃散」の場合は訴えが受け入れられれば村へ帰るということです。

内沼11日 254-2s
モズ威嚇する

江戸時代にはかなりこの「走り」があったと言います。キリスト教対策として,宗門改め制度,檀家制度を義務づけたり,人畜改めと称して,戸籍や家畜の移動まで厳しく管理されるようになります。この人畜改めには,村毎に構成者がすべて記され,世帯主,名子,下人,妻子の名前,歳,牛馬の所有状況すべてが記録されます。人の移動があった場合には必ず届けさせたりします。そして届出の不備があればその家族や親族までもが厳しく罰せられたのです。後にさらに管理しようとして,五人組制度を確立させて共同責任として管理されるようになります。まあ,関所破りとかを思い出せば人の移動が厳しく制限されていたことは察しがつきますね。「走った」者はどうなっていたのでしょう。捜索させていたようで居場所をつきとめ,藩では返還要求を出していたようです。藩としては人を集めて開墾し,石高を上げれば収入も増えるわけですから人を集めようとします。ですから「走って来た者」を歓迎します。一方では自分の藩から「走って出て行く者」を厳しく制限していました。

日曜朝さんぽ道 307-2s
ベニマシコ♂

ここに九州の豊前細川氏の「走った者」の返還請求文書を解説した本がありますから,そこから辿ってみます。
1627(寛永四)細川氏領で,夫食米(ぶじきまい)を横領した下毛郡伊原村庄屋が逃亡した
庄屋の縁者を入牢
遠縁の者を探索に行かせる
逃げた庄屋が,筑前黒田領にいることが判明,しかし細川と黒田の関係は問題がこじれていて悪化していた。
そこで幕府に相談して連れ戻そうと画策する。
逃げる者も連れ帰されないように関係が悪化している藩に逃げ込むわけです。こうした交渉により,逃げた者の半数が帰ればいい方でしょう。もちろん帰って来た「走り」者は罪を問われないという条件で帰って来ます。罰せられることが分かっていたら帰るなんてことはしないでしょうから。

日曜朝さんぽ道 414-2s
アカゲラ眼がきらり イケメンか

このように考えると,神隠しと「走り」の関係も十分考えられそうです。
神隠しと称して処理することで共同体へ重い責任の回避や親戚縁者が罰せられて受けるダメージを減らせることは確かでしょう。つまり神隠しは,支配者-被支配者,罰する-罰せられるというがんじがらめの社会の中のきつい縛りを,双方において一挙に無力化して,解放する安定装置として働いていたと深読みできるのではないでしょうか。そして同じ遠野に「隠し念仏」という,これも支配者-被支配者,宗派-檀家という社会的に縛られた構図から脱しようとする,秘密結社的な信仰があったということは特に考えていくべきことでしょう。ここには歴史という時間の堆積や支配に屈しない人々の心が今でもありありと透けて見えていることなのですから。


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