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天からの,中谷宇吉郎からの手紙

参の星
参の星

美しいものに出会うと私たちの心の灯がまた一際明るく輝くような気がします。

そんなことを感じさせる物語との出会いがありました。

それは雪の結晶から始まります。そして中谷宇吉郎へ,そして一関という町へ,そして一関の「よしのや旅館」へと,そして最後に美しい心の女将さんへとつながっていきます。

雪の結晶
雪の結晶はどれ一つとして同じものはないと言われます。どうしてあのようにきれいなのか。六角形なのか,誰もがその謎が解けたら知りたいと思うでしょう。
こうした少年の夢が一冊の写真集になったのでした。

ベントレー
ベントレー雪の結晶写真集「Snowflakes in Photographs (Dover Pictorial Archive)」

日本の雪の結晶研究第一人者中谷宇吉郎はこれを見て,雪の結晶研究に一生を捧げることになったのでした。

雪は天からの手紙―中谷宇吉郎エッセイ集 (岩波少年文庫)雪は天からの手紙―中谷宇吉郎エッセイ集 (岩波少年文庫)
(2002/06/18)
中谷 宇吉郎

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その中谷宇吉郎が北海道から上京するところから話は始まります。奇しくもその日は昭和二十年三月十日でした。そうです。各地に大規模な空襲があった,あの三月十日です。盛岡の町も灰燼に帰していたところで汽車は止まりました。待っても待っても一向に汽車が動く気配がありません。やっと動いた汽車の中で中谷は車掌に相談しました。どこか泊まれる場所はないか。
「一関はどうでしょう」
そして中谷は雪ふりしきる一ノ関駅に降り立ったのでした。
しかし,交番に行って聞いても,宿屋一つ見つけることが出来ません。やっと見つけても皆満員で断られるのでした。そうでしょう,皆空襲のため足止めをくらってどこかで泊まらないと移動できない状況でしたから。
そして夜も更けた頃,一件の旅館に辿り着きます。そこで氏名を尋ねられ,中谷は名刺を出したのでした。満員と断られていたのでしたが・・・。その旅館が「よしのや旅館」だったのです。

雪の結晶2
雪の結晶

長い間待たせられていた果てに返ってきた返事は意外な言葉でした。
「実はお部屋がもう御座いませんので、相宿を御願いしようと思ったので御座いますが、それも余り失礼なので。あの誠に失礼で御座いますが、私の部屋でおやすみになって戴くよりないので御座いますが」という話である。梯子段を上ったすぐ右がその部屋である。
 前後一時間ばかり真暗な中をさまよった末に、初めて明るい部屋に通された。四畳半の部屋である。美しい声の主は紺絣こんがすりのもんぺをはき、同じ紺絣のちゃんちゃんを着ていた。そして丁寧に御辞儀をされた。三十近い智的な美しい人である。
この美しい声の主は,また三十近い智的な美しい人は,よしのや旅館の女将のトシ夫人である。

「明日は一番でお立ちで御座いますね。私は毎晩大抵十二時になりますので、朝一番で御座いますと、御目にかかれないかと思います。御疲れで御座いましょう。何卒どうぞゆっくりお寝やすみになって下さい。今女中にお床をのべさせますから、本当にこんな所で先生に御目にかかれようとは思いませんでした。主人も御目にかかりたがっておりますが、生憎あいにく風邪かぜをひいて休んでおりますもので」と言い残して夫人は下りて行った。」

女将は,中谷宇吉郎の本を読んでいて,よく知っていたのである。こんな田舎で一介の(失礼,表現上のことです)研究者に過ぎない自分の本をきちんと丁寧に読んでいる人がいること自体,そして戦時中のことなのにと中谷は実に驚いたに違いない。

それに加えて,中谷は更に驚いた。女将の部屋の様子である。
私も一層驚いた。誠に思いがけない時に、思いがけない所で、思いがけない人に会うものである。その人よりも更に驚いたのはその部屋である。四畳半の二つの壁がすっかり本棚になっていて、それに一杯本がつまっている。岩波文庫が一棚ぎっしり並んでいて、その下に「国史大系」だの、『古事記伝』だの、「続群書類従」だのという本がすっかり揃そろっているのである。そして今一方の本棚には、アンドレ・モロアの『英国史』とエブリマンらしい英書が並んでいる。畳の上にもうず高く本が積まれていて、やっと蒲団を敷くくらいの畳があいているだけである。私はたった今の今まで、東北線の寒駅の暗い街をさまよい歩いていたことをすっかり忘れてしまっていた。
そして女将の机の上には最新刊の岩波文庫の『島津斉彬言行録』が載っていた。

次の朝,中谷は一番列車に乗って空襲で焼け野原になった上野に向かった。この一関での一夜が忘れられなくて彼は筆を取った。それが「I駅の一夜」である。I駅とは一関駅のことである。彼にとって,この忘れがたい一夜を「附記」という中でこうまとめている。
この話は戦争が第三年に入って、我が国が最後の苦しい段階に乗りかかった頃の話である。その時でも勿論この話は或る意味を持っていたと思われるが、今終戦後国民の多数が浅間しい争いと救われない虚脱状態とに陥っている際に、なるべく多くの人に知ってもらうことも、また別の意味で意義があるような気がする。日本の力は軍閥や官僚が培ったものではない。だから私は今のような国の姿を眼の前に見せられても、望みは棄てない。
今の国は軍閥や官僚が培ったものではない。一関の一夜のように素晴らしい人がいる。そんな一人一人がこの国を支えている。彼はそう断言する。そしてこう締めくくる。
灰燼となった日本を見ても「望みは棄てない」

3.11後に生きる私たちへのメッセージのように,わたしはこの美しい話を大切にしていきたい。

わたしは一関の「よしのや旅館」を訪ねてみたいと思うようになった。この眼で確かめたい。このような素晴らしい物語が生まれた地,一関に行ってみたい。


尚,この逸話は,及川和男氏の最新刊「心の鐘 文学の情景」に詳しく書いてあります。


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