FC2ブログ

夕焼け考

桜夕暮れ 190_89_fused-2s
夕暮れ色

この写真にある木も桜です。咲くまではまだ二週間はかかるでしょう。
さて今日ハ,夕焼ケニツイテ考エテミタイトオモイマス。

以前に夕焼けの写真ばかりを撮り歩いたことがありました。
そして気づいたことがありました

夕焼けの写真がたまっていくと
不思議と どこで撮った夕焼けなのか分からなくなるのです
あまりにも夕焼けなので
撮った場所を特定することが難しくなるのです

まさに夕焼けという現象は,座標軸上の固定した場所を拒否する現象だと思いました。

周囲の景色がやがて溶暗していくように
輪郭と時間と場所がなくなっていく「徴(しるし)」として
夕焼けはあったのです。

次に「夕焼けがきれいだ」と人が集まってきて
一緒にカメラを構えるなんてことがありません
夕焼けはひたすらにお一人様用なのです
そして夕焼けはその人の心の中にめくりめいて沈んでいくものなのです

また,夕焼けの中で会おうなんて約束はしないことです。
待ち人が来たためしがありません。
好きな人ほど来ません
会いたいと思う人ほど来ません
野良猫だって帰って行くのです。

そして夕焼けの写真を撮り続けることは
心身ともに消耗します
この世の終末感をとても強く感じてしまいます
まるで無時間の虚無を表現する現象が夕焼けなのではないかと思わせます

桜夕暮れ 055_6_7_fused-2s
春の夕暮れ

 「少し紫がかったるり色(ラピスラズリ)

   青紫のすみれ色(バイオレット)

   りんどう色(ジェンティアンブルー)

   紫から赤紫のあやめ色(パープル)

   ぼたん色(ピアニーパープル)

   やがて赤みがかった色は闇に吸い込まれるように
   ヘリオトープ

   アメジスト
   くわの実色

   インディゴブルー

   ミッドナイトブルー」
                  林完次『天の羊』から

 夕暮れの空の色の変化はこれでいいでしょう。

しかし問題は日没後に現れるあの「赤い色」なのです。
あの燃え上がる赤い色とはいったい何なのでしょう。

白色光を映し出すプロジェクターの光源の前に青いセロファンを2・3枚貼ってみる。何色に見えるか。白色光の光源の黄色い光は青に遮られて緑色に見えてくる。ところが青いセロファンを10枚も重ねると光は灰色に曇ってきて,さらに2・3枚重ねると,色はふいに血のような赤色に変わるのである

このセロファンを黄色に変えて同じようにしても光源の色はある段階で赤に変わる。どのような色を置いてもである。

荒俣宏「図像学入門」の12章「ゲーテ的な写真」から

ゲーテは色彩論の中で青と黄を高進させていった色を深紅色と定義づけています。言わば極相の色が赤なのです。そして別の言い方をすると深紅色はすべての色を含んでいると言うのです。
七九八 深紅色のガラスを通して見ると,明るく照らされた風景はものすごく見える。最後の審判の日に天と地を覆う色調はこのようであるに違いない。

闇に落ち込んでいく直前の,この世に最後に残る色が深紅色です。

赤外フィルターを通して撮った色が夕焼けの赤であり,最後の審判の日にこの世を照らす色ではないでしょうか。内田叶夢の映画「飢餓海峡」の中で突然画面が赤一色になるシーンを思い出します。この世が反転した色が赤であることを表現していたのだと思います。

本当の夕焼けの色はどんな色なのだろうかとレンズを通さないピンホールをカメラの前に付けて撮ってみました。レンズだと色が処理されてしまうところもあると思ったからです。

ピンホール 134s
ピンホールカメラで撮った夕焼けの色

この赤は幾分雲がかかっていたこともありますが,オレンジ色がかった夕焼け色です。

遠野物語では夕暮れに出歩くものではない。神隠しに遭う時間だと戒めにもなる言い方をしています。
燃えるような夕焼けが終わったときに暗闇に漂うことがいかに危なげなものなのかを現代の私たちに教えてくれています。



クリックしてね
にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村
関連記事