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はしの桜

開花 052-2s
今年のはしの桜

毎年見ている一本桜へ行く時にこの橋を通る。
朝日を浴びて橋の奥にこのように桜が収まっている。桜でのお気に入りの景色の一つで写真に撮っている。

種まき桜430 012-2s
昨年のはしの桜

これは昨年の写真です。
夜に撮りたいと思いますが,ライトアップする機材が必要です。

長沼 018-2s
花見に来たカワラヒワ

さて今日は休みですから,またつれづれに話をします。

原発再稼働のニュースがいっぱいなのですが,なぜ問題も解決されないまま想定内の新基準に合っているだけで稼働させる判決を下すのか意味が分かりません。重大な事が起きたときにまた「想定外だった」と言うつもりなのでしょうか。
そして裁判所の判決も正反対に分かれているのが現状です。これらの動きには何かが欠けているように思います。未来を指向する視点というのか,裁判所は現在の利益に関する妥当性だけを検証して,判決を出したりしているように思われます。原発のような長い年月にわたる重大な懸案に対しては未来への視点がないとその場だけの新基準に対する妥当性だけが検証されてしまい,過去の事実に対する反省が生かされないおそれがあります。

長沼 204-2s
さくら道

「自然に対する訴訟」も原発再稼働に似たところがあります。かなり長いビジョンを持っての利益というものを検証しなければいけない点です。
かつて鹿児島地裁は1995年「アマミノクロウサギ訴訟」で,自然という極めて人間の利益を被っている基盤について,自然に対する人間の義務という視点を提出しました。極めて優れた判決でした。
原告らの提起した「自然の権利」(人間もその一部である「自然」の内在的価値は実定法上承認されている。それゆえ,自然は,自身の固有の価値を侵害する人間の行動に対し,その法的監査を請求する資格がある。これを実効あらしめるため,自然の保護に対し真摯であり,自然をよく知り,自然に対し幅広く深い感性を有する環境NGO等の自然保護団体や個人が,自然の名において防衛権を代位行使し得る。)という観念は,人(自然人)及び法人の個人的利益の救済を念頭に置いた従来の現行法の枠組みのままで今後もよいのかどうかという極めて困難で,かつ,避けては通れない問題を我々に提起したということができる。」
と述べて「自然の権利」に対して一定の理解を示しました。

このような未来の問題に対する考え方や姿勢に対しても述べている点で優れた判決だと感じている。
今回同じ鹿児島地裁が川内原発再稼働に対しての判断は将来の長いスタンスを考えた日本の未来の方向性も決めることであり,新基準に適合するしないだけの視点だけで検証して判断しないことを望みます。


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