FC2ブログ

山と文学-串田孫一のことば-

穂高 139_40_41_fused-2s
夏,涸沢へ

歩きが好きな人は,何度もを振り返って歩いてきた稜線や並みや道をしみじみと見つめながら下りてきます。この時の感慨は一体何だろうと思います。懐かしいような,少し哀しいような気持ちになります。そのの印象を心の中に落ち着かせるのにしばし時間(とき)が必要なことは誰しも感じることだと思います。しかし,心の落とし処に収まった時にはもうすっかり別のものに変わっていることが殆どです。あので直接に感じた大切なものが抜け落ちてしまっていることが多いからです。そのような気持ちを串田孫一はこう語ります。
私の頭の中でが抽象化される。それをここに文字にすれば,既に山の抽象は崩れる。仮に抽象画家が絵にしても姿は代わる。すべて芸術以前の,音も形もない,また動きもないものである。
                                                 「白と緑」から,『心の歌う山』所収
注意せよ。諸君。山の印象はあなたの中でまたたく間に変わる。頭の中で,そして文字にするとなおさらのこと・・・。なぜこれほどに山から下りてきたときのあの正直な感慨に気を付けなければいけないと串田孫一は言うのでしょうか。また人の心は移ろいやすく,すぐ見てきたことや感じたことを勝手に,手前みそに納得することに注意深くなくてはいけないと彼は言うのでしょうか。そこに詩人としての串田の譲れない立ち位置(スタンス)というものがあると思います。自然からのすべての恵みを「あなたには正しく受け取ってほしい」という気持ちが伺えるのです。その裏には人間の理解というものがどれほど曲解されているかという危惧感が串田にはあるようです。

ミズバショウ 706-2gs
ミズバショウ咲く季節

では,感じた自然をいつも勝手に変えてしまって,本当の姿を私たちは知り得ないというのでしょうか。そんなことはありません。
より細かいものが次々に見えて来ること,私の方から言えば注意深く観測しようとすること,そしてそこにかくれたものを見つけ出す悦びと,今度はそれとは凡そへだたりのある抽象とは,どうも,ある時期に,全く予期しない時に私が襲われる愛情の動揺のように思われる。
人は本質を自分勝手に変えることに注意すれば自然の本来の姿を理解することが出来る。抽象化する行為も愛情のひとつであり,動揺という振幅のなせるわざであると彼は言います。そして彼は最後の文章でまとめる。
愛するものをもう一度考えて見ること。くりかえし考えてみること。これは実験である。芸術以前の静かな実験である。

この「白と緑」という文章は彼の著作の中では特別なものでもなく書き連ねられた断想のひとひらに過ぎません。しかし難解だと思われる彼の文章にしてははっきりと自分の自然に対する姿勢が書かれています。文の最後に,書かれたのが1957年4月とあります。1915年(大正4年)生まれの串田孫一が41歳の時の文章です。

穂高 879-2s
涸沢岳から槍を望む

串田孫一の41歳というと,1957年のこの年は東京外国語大学で講師を始めて7年目。処女詩集『羊飼いの時計』を出して4年目,詩集を出す前の年に詩誌『アルビレオ』を刊行しています。「白と緑」を書いた3か月後,『まいんべるく』刊行に携わっている時期ですから,いよいよ彼の本領が発揮されている油の乗りきった頃の文章です。

栗駒クロベ11_tonemappeds
栗駒山千年クロベ

なぜ私は串田孫一に惹かれるのでしょう。彼の本も少しは持っていて,山のことを考えたいときには彼の本を数冊出してきて,頁をめくっています。
多分,彼の自然に対する真摯さ,自然という自分を取り巻く世界への誠実さが魅力なのでしょう。しかし,彼の詩や文章は難解です。分かったためしがありません。それは彼のことばが,目的のために書かれることばではなく,また人を説得するために起こされる文章でもないからです。まさに彼は,山歩きからもたらさせれた恵みを芸術以前の実験の場で忠実に記録しようとする律儀さに満ちています。人の勝手な思考を極力抑えて対象に近づく「生の世界」を指向しているわけです。彼は山歩きをする詩人なのです。

穂高 860_61_59_fused-2gs
笠ヶ岳夕景

これから不定期ながら「山と文学」と称して,心に浮かんだことを何回かに分けて書いていきたいと思います。まず串田孫一のことを取り上げながら進めていきます。でもうまく言えるかどうか分かりません。私自身はいつもメモなしで即興で書いているものですから。分かりにくいところはご容赦ください。


今日の本

心の歌う山 (1974年) - 実業之日本社,昭和49,1974
山のパンセ
山のパンセ
A1fPYF-LabL.jpg
山の文芸誌「アルプ」と串田孫一
51616WBB3JL__SX323_BO1,204,203,200_
Eの糸切れたり


クリックしてね
にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村
関連記事