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山の文章と写真-串田孫一のことば その4-

栗駒の星 041s
栗駒山最後の登り

私などは,歩いていてふと目に止まって立ち止まった時,頭の中で妄想的に様々な思いが湧き上がってくるのを押さえ切れずにしばしその思いを泳がせるという瞬間があります。そのまとまらない思いを落ち着かせるために,シャッターを押すという感じが当てはまるのかなあと思っています。その止まらない思いが連想的にフラッシュバックされ,イメージがやがて残像として静かに沈み込んでいったりします。また,ことばになったりすることもあります。何かと出会った時の魂のやりとりみたいなものが一瞬成立しているように感じます。単なる妄想なんですけど・・・。


1960年2月と文章の末尾に書かれている,串田孫一が44歳の頃の『の文章について』という作品があります。
ここに写真のことも書かれているので,今日は串田孫一が自分のスタイルから見ての写真をどう思っていたのかを書いてみます。
について文章を書くということは,その目的に応じて,紀行文にするか,案内記になるか,に行った記念に文章にしたためてみるか,エッセイにしてみるかで様式も広範囲にわたっているでしょう。そして,動物や植物,風景,鳥,,いろいろなものを織り交ぜることで表現も変わってるでしょう。
一番大切なことは自分の思っていることを自由に書いていったその果てにどんな様式になっても構わないということでしょう。ジャンルにこだわらないということを串田は思っているようです。そこに詩人としての串田が指向した世界があるようです。彼は言います。
確かにの文章は様々の種類様式はあるが,それにとらわれすぎないで,自分の印象を正しく見つめて,それに忠実に筆を進めて行くのがいいように思われる。
大体の私が凡人ですから「自分の印象を正しく見つめる」こと自体ができないわけです。また「忠実に筆を進める」こと自体ができないわけです。でもここに串田のスタイルが裏写しになってよく現れています。「自分の印象を正しく見つめる」ことに彼の視点があり,「忠実に筆を進める」ことに彼の視点があるということです。印象と書いた文章の誤差をなるべく少なくしていくこと。
次に,「正しい印象をもつ」ことには,彼が忠実に守るルール「ただ眺めるのではなく,観察せよ。」という観察眼の鍛え方によって自然の本質に近づいていこうとする態度があります。もうこの時点で凡人には自由に書けるものではありません。ただ彼の目指していた姿はなんだか分かるような気がします。
串田が続けるには
「構想を立ててみることは大切であるけれども,それにとらわれて窮屈な気持ちになってしまうことは危険である。」
とも言います。その上で彼は山を歩いているときには山の手帳にはメモ程度がよいと自分では思っていたようです。文章を書くための材料として備忘録の体裁が自分によく合っていたと言います。
ではこのような彼のスタイルからすると写真についてはどう考えていたのでしょう。

写真ではそれ自身を一つの作品として,その場で勝負をきめて来る感じが強いというので,むしろ文章の材料と考えることはあたらないかも知れない。


栗駒の星 055-2s
栗駒山頂上から秣岳,遠くに鳥海山,沈む天の川を見る

串田は続けて「風景なり,その時の気分,雰囲気を,機械に任せ,フィルムに託してしまうことが,まだ恐ろしい気がする。」と書き連ね,最後には「写真の方は正直すぎ,細かすぎて,改めて見ている私を一つの状態にしめつけて行くように思われる。」とまとめます。

観察することに一生を費やした串田がカメラを使わなかったこだわりがよく見て取れます。彼は山から下りた後の湧き上がる思考を大切にすることで更に山を愛したい,楽しみたいと思う人だったのです。

ここで私は柳田国男からカメラを受け取ってその記録に苦労した佐々木喜善とやがてカメラに記録の方法をゆだねていった民俗学者宮本常一という二人の明確なカメラに対する態度の違いを串田のスタイルと重ね合わせると,道具としての写真というものの姿がとても面白く感じられます。


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