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新・逃走論-「パノプィテコン」一望監視方式-

伊豆沼0℃ 159-2s
11/12 0℃の朝

江戸時代でも現代でも,私たちはより巧みなシステムの中にいることを忘れてはいけないでしょう。。
徐々にではあるが,計画に基づく拘束が身体各部にゆきわたり,それらを自由に支配し,身体全体を服従させ,恒久的に取り扱い可能にし,しかも自動的な習慣となって暗黙の内に残り続ける。
                                                       M.フーコー「監獄の誕生」
大切なことは監視が徹底されることではなく,いつも見られているという意識が絶えず引き起こされることによって社会のシステムに慣されていくことです。私たちはじっくりと,しかもゆっくりと「従順な身体」に成形され続けているのです。例えば,素行の良くない者の席は模範的な者の間に置かれて監視される。M.フーコーは,市民を監視し続ける視線を遍在化させ,やがて従順な身体になっていく教育的な過程を「規律・訓練discioline」と言いました。このような規律・訓練によって市民は,その社会に合った自己目的を持つようになるのです。
この考え方は軍隊や学校や工場,病院という,一個所に多くの人数が集まっている場所の適正な管理の方法として適用されてきました。このような多くの人を同じ目的の中に習慣づけさせるために安全管理,衛生,家庭,労働に見合う賃金の支払い等のあらゆる点から,欲することをただ強制させる単純さから抜け出て,望むとおりに,満足をもたらす効用性に乗っ取って運営し,展開してきたのです。

カラマツ林の夜 113-2s
坂道の上に見える

監視と規律・訓練の技術は目的に対しての一貫した戦略の中に組み込まれることで,より経済的で,合理的なシステムになっていきます。この中ではやがて見せしめや刑罰などは必要でなくなり,互いに監視しあう,ライバルとなり,正統的な手段で磨き合う場が出来上がります。管理する者はそれらの正統的に磨き合い,競争し始めることを意欲づけるだけでよいのです。これが17世紀以降の近代化の過程でした。いわばそんな産業革命の活気に湧いたイギリスで教育が寄宿舎とセットになることでより一層の効果を生み出そうとしていました。能率的な生産性の向上や合理性が効率化の尺度で教育と結びついたのでした。

日本では,土地と米の生産と定住化がシステムとして成立していたのです。ですから非定住民は制度内に収まらないという点で特に監視対象になっていき,階層の中からはみ出ていったのでした。無戸籍,税金の未納,非定住という評価できない,記録され得ない者を処罰の対象とする傾向に走っていったのでした。前回の「サンカ」と言われる人々もそういった迫害を受けてきたのです。

監視を効率的に行き渡らせたり,より多くの人数を収容する工場,病院,学校等では,目的に対して,状況を一度に把握しておくためにやがて建築にもその論理が適用されるようになりました。
「一望監視方式(パノプティコン)」の誕生です。この一望監視方式(パノプティコン)はベンサムが考えたものですが,劇場や舞台と同様に,特に監獄に使われています。「大脱走」「パピヨン」「ロックアップ」「アルトカラズ」等の映画を思い出すとよいでしょう。建築として視線が隅々まで行き届く構造,サーチライト,時間での巡回,抜きうちの検査等々。権力が建築の中に自動的に機能できるように空間が仕切られている構造が一望監視方式(パノプティコン)なのです。

伊豆沼土曜8 576-2s
やってきたジョウビタキ

 M.フーコーの『監獄の誕生』の図版25ではアメリカステートビル監獄の写真がありました。まさに効率的な監視が建築の中に自動的に機能できるような構造です。これが一望監視方式(パノプティコン)なのです。各部屋独房には窓が二つずつ付いています。中央の監視塔からは全体が一度に監視でき,窓からの光によって,つまり囚人の影によっても監視できるようになっています。

アメリカステートビル監獄
アメリカ ステートヴィル監獄 『監獄の誕生』図版25

M.フーコーの『監獄の誕生』はM.ウェーバーの「プロティスタンティズムと資本主義の精神」と並ぶ名著だと思います。
新・逃走論はこうした歴史的な視点からの自由も標榜します。

監獄の誕生




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