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冬の栗駒山-幻想文学わがまま自撰傑作撰その二-

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ブナ林の雪景色

今日は昔の11/23の栗駒山の写真にのせて,「幻想文学わがまま自撰傑作撰」のその二をお送りします。
栗駒山の方はどうやらいわかがみ平への道路は雪のために通行止めになっている可能性があります。ハイルザームなどに問い合わせてから行った方がよいと思われます。昔にこの時期の栗駒山に行ったはずだと写真を探してみました。3連休晴れると行ける可能性がありますね。

さて昨日の記事を書きながらもっとあるはずだと思っていました。ノートを見たら「これもだ」と気付いた作品がありました。今日はその作品を追加するということです。

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唐松林から

まず昨日リストアップした作品が次のような作品です。
フリオ・コルタサル「続いている公園」
E.A.ポー「催眠術の啓示」「メエルシュトレエムに呑まれて」
芥川竜之介「塵労」
泉鏡花「高野聖」
昔話「地獄のろうそく」落語の「死神」
小栗虫太郎「黒死館殺人事件」
小泉八雲「耳なし芳一」「菊花の約」
ホルヘ・ルイス・ボルヘス「伝奇集」
谷崎潤一郎「美食倶楽部」
梶井基次郎「闇の絵巻」
アガサ・クリスティ「うぐいす荘の謎」
小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」を除いてはいずれも短編で読みやすいものです。小栗虫太郎は造語の名人でもあり,その詳しい解説は極めて難しいものだと第一人者の松山俊太郎氏が『幻想文学講義: 「幻想文学」インタビュー集成 2012/8/23発行 東雅夫編』の中でやはり言っていました。稀代の奇書と言われる「黒死館殺人事件」でしょう。私はどこかポーのゴシックホラーを思わせる雰囲気だけで,建物の構造とか,物語の内容がよく分かりませんでした。またラテンアメリカ文学からコルタサルとボルヘスが出ていますが,これもガルシア・マルケスの「百年の孤独」が出た1972年頃のあの時代とマッチしていたと思います。ガルシア・マルケスが10年後の1982年にノーベル賞を取ったものですから,またラテンアメリカ文学がよく売れるようになったのかも知れません。
フリオ・コルタサルの作品が1992年に岩波文庫になって出た時にはびっくりしました。「コルタサルが岩波文庫かよ」と,ちょっと隠れ家的な穴場が一般紙で特集組まれちゃった的ながっかり感も正直ありました。「続いている公園」はほんの数頁ほどの分量しかありません。しかし凝縮された結末への展開とどんでん返しには今までになかった快感があったことは確かです。なお彼の「石蹴り遊び」は短い章で成り立っていて,途中の章を飛ばしてめくった好きな章に飛んでも小説自体が成り立つという斬新な構成と大胆さで話題をさらいました。彼のこんなアイディアはどこから来るのかといつも思います。「追い求める男」はジャズのサックス奏者のチャーリー・パーカーの話です。まさに知的で,スタイリッシュ。おまけに幻想文学にふさわしい作家と思って一番最初に挙げました。

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いわかがみ平からの中央コース

さて,幻想文学として他に挙げたい作品にトーマス・マンの「幻滅」という作品があります。この作品は岩波文庫のマン短編集の最初に挙げられていた作品でなんとマンが25歳あたりに書いていた作品ということです。しかし,その現実を凝視する眼に驚きました。やるせない気持ちになりますが,それでも第一級の短編と思って追加します。追加分として次のような作品をリストアップしました。
トーマス・マン「幻滅」
内田百閒「冥途」
向田邦子「鯉」
上田哲農「岳妖」
フランツ・カフカ「掟の門前」
これらはいかがでしょうか。
実はこの他にも日本の古典にも随分と不思議な話がいっぱいあります。「今昔物語」「宇治拾遺物語」「雨月物語」の中から挙げるとまたぐっと増えてくるでしょう。きりがありません。

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秋のなごり

私自身が幻想文学に入れ込んだのは古本屋から買った「ポー全集」です。確かセットで当時9000円だったと思います。もう,ん十年も昔のことです。私が生まれて初めて買った全集がポーでした。そしてロマン主義にあこがれ,ダビット・カスパー・フリードリヒの絵にあこがれ,フリードリヒの自伝を書けたらと妄想し,ロマン派全集購入をもくろみ挫折したあの時代。

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届けられた冬

改めて今思い出すと,暗く鬱屈したあの青春時代に出会った幻想文学は,まるで私の中で鉱物のように永遠に停止したままで,結晶化されたように冷たい光を放ち続けています。



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