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その時を於いてなし

大晦日2015 338-2gs
希望を乗せて 12/31撮影

この写真を「夢を乗せて」ではなく,「希望を乗せて」というタイトルにした。

ある歳を過ぎると「夢」という言葉は使わなくなった。
夢という言葉に何か現実味のない誘惑だけのわざとらしさを感じるからだ。いい歳をして夢という言葉を平気で使うことに抵抗を覚えるようになった。そしてそんなイメージだけの言葉で話をすることもなくなった。夢という言葉のどこがいけないのと思う人もいると思うけど,今の自分は夢は夢なんだよと答えると思う。その代わり「希望」の話をしよう,と言いたくなる。

言葉のリアル感がなくなったら大変だ。
自分が誇張されて伝わったりするのはいやだし,いつの間にか相手を牽制するような言葉の中にいることもいやなことだ。そう思うと「不可逆的」って言葉はなんなのだろう,「夢」って何を言ってんだろうと思う。大体の人は想像できないことは考えることはできないだろう。そんな私が文学に,夢ではなくて希望を持っているのは,自分に想像することの大切さを気付かせてくれるからだ。会ったことがない人とは話ができないのだろうか。知らない世界だから知らないままでいいんだろうか。もちろんそんなことはない。会ってもいない人,まだ見ぬ世界は想像することで自分の視野に入ってくる。自然と未知のことも考えることになる。そしてそこから紡ぎ出される言葉には,写し込まれた写真には,想像した自分の答えが入り込んでいく。もう概念だけで話すのはやめよう。あなたの心の言葉が聞きたいし,訥弁であってもあなたの世界が写し込まれた写真がみたい,と思う。

何故宮沢賢治はあれほどの量の詩を残したのか。何故「小岩井農場」があれほどの大作なのか。
彼はその瞬間,瞬間の光を記録したかったし,その光によってもたらされた景色,その景色を見たときの自分に湧き上がる抵抗0(ゼロ)の感情を記録したかったのだ。絞りを浅くして適当にぼかすことなんてありえない。隅から隅まで絞って目に写るものを全てクリアにしたい。
まさに「その時をおいてなし」という今この瞬間をすべて受け止めたいという気持ちが彼をしてあの詩の言葉を生ましめた。その時彼にあるものとは,ひたすらその真摯さである。しゃれた語句でも,形容する技量でもない。自然の前に立ったときの彼の礼儀である。
「その時をおいてなし」と覚悟した心持ちだけが,あのような優れた作品を生んだ。後の時代の人が「オリジナリティーあふれる賢治宇宙」と呼んだが,わかっていない。上手に形容したって駄目,上手にまとめたって駄目。賢治の詩のひとつひとつの言葉と連なりを自分がつぶさに読むことでしか分からないのだ。そこに会ったこともない賢治と話ができる,通信できる自分が成り立っていく。真摯に想像する自分が見いだすものこそ尊いと思う。だから賢治はその真摯さのみで,妹トシ子との通信を星空の下で行った。それが彼のできるすべてだったのだ。すばらしいことだと思う。そうして自分が全身全霊を尽くして見いだす世界ほどリアルはものはないと思う。

それができるのは,今。まさに「この時をおいてなし」なのです。



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