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ガンが帰るとき

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曇り空

今日は一関の子どもの所に行きました。
雨にも関わらず,夜8時過ぎまでガンの飛ぶ鳴き声を聞きました。北へ帰るのでしょう。雨でも出発は遅らせたりはしないのです。偉いですね。無事にたどり着き,また新しい家族を連れて9月にやってきてほしいものです。いってらっしゃい。

今日は歴史の本を読んでいたのですが,どうも自分の住んでいる伊豆沼のある登米市という場所が鎌倉以降の所領の判然としないところがあって,どうしてかと思ったら干拓や開発もされず谷地のままで時代を遡れば北上川や迫川の流域に重なることが分かったのです。所領の配分は米がどれくらい収穫できるかを基準としたことでしょうから,沼地のような湿地帯,つまり谷地は土地としても魅力はなかったのでしょう。誰の領地なのか後年になって開発後にやっとはっきりしてくるようです。

しかし谷地そのものは飢饉の時代には水生植物やら魚やらで,生きるための食料となり餓死者が却って少なかったということも言えるのだそうです。地形が谷地になっている場所の寺の過去帳を調べた人がいたそうで冷害でも穀物以外の魚などの食料を使い,生き延びたということになるのでしょう。つまりその土地の特色を生かした食料の供給があったのです。

蕪栗塒入り 197-2s
湿原の道

近年,防災についてのアプローチで,昔の地名から土地の形状や特色を再認識しようとする試みが出てきています。つまりもともと湿地帯だった場所には集落は形成されなかったのです。集落があること自体,昔からの土地利用が地形の特色を生かした場所に村が形成されていたという当たり前の事実に立ち戻って震災後の集落の形成に役立てていこうと考えていくアプローチです。こうした流れが地味で分かりにくいといわれてきた地名研究という分野に新しくスポットライトが当てられるようになってきたのです。
温故知新。
この言葉がやはりいつの時代も大切なんだなと改めて気付かされました。防災という最新の科学と地勢学,民俗学が合流しようとしているのですから。



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