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帰った後の静けさ-日目上人の出自1-

新田駅 293-2s
下り始発電車

夜の底が深くなった
今まで聞こえていたガンやハクチョウの声はもう聞こえない
帰った後の静けさがこんなに夜を深くすることを
しばらく忘れていた。

今,空には月暈(つきかさ)が架かっています。明日は満月です。

鉄道の写真を撮るようになってから思考のリズムが少し狂ってきて,前のように考えられなくなっていることに少し苛立ちを感じてもいます。どうも風景を撮りながら動いている鉄道の現場を撮ることは思考を極端に瞬間化に向けているようで,思考の波形の起伏が大きくなりすぎているようです。

最近,地形と地名とのつながりに興味をもって本は読みますが,歴史と民俗学と重ね合わせて考えられないようになっています。

気仙沼線 528-2s
鳥居

ところで昔私がこのプログで「遠野に残る不思議な呪文」という題名で書いたことにまだ答えが出せていません。

遠野では人が亡くなって寺で葬式を済ませた後,地区に戻ってきてからまた地区の人たちだけでお念仏を唱えるといいます。これを「座敷念仏」と言ってきました。実はこの座敷念仏のお経の中に不思議な経文が混じっていました。そのお経が「阿字十方三世仏 弥字一切諸菩薩 陀字八方諸聖経 皆量阿弥陀仏」という呪文なのです。
内藤正敏氏は,「遠野物語の原風景」(2010)という本の中の「不思議な真言念仏と中世の宗教空間」という章でこの不思議な呪文に考察を加えていて,やっとその呪文が「大日本続蔵経」の中の「仏説阿弥陀仏根本秘密神呪経」であることを突き止めたのです。
しかし,出所がはっきりしたとしても,このお経を一体誰がどのように遠野の地に伝え置いたものかが分からないのです。あらゆる宗派の僧達に聞いても分からないと言うのです。つまり,宗派の僧を通して伝えられたお経ではなかったのです。これを山形の竹田賢正氏が山形にも同じお経があって調べたのです。その結果,竹田氏はこの呪文が日蓮宗に転宗した高野聖によってもたらされた可能性を挙げました。
竹田賢正氏は調査の過程で宮城県に「阿字十方三世仏」の板碑が存在していることを確かめました。
竹田賢正「板碑偈文「阿字十方」の伝承系譜について」(『山形県地域史研究』14 1989)から引用します。ちなみにこれらの板碑は殆どが先祖の供養のために,または生きている間に善徳を積んだ印として(生きている間の功徳としては「逆修」と言われています)立てられている石碑が殆どです。

東北地方の「阿字十方」の板碑
 種字  年号      西暦   偈文 所在地
弥陀三尊建治二年1276十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖経 皆是阿弥陀宮城県矢本町大塩
弥陀建治三年1277十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸正教 皆是阿弥陀宮城県南方町東郷新田
衿伽羅童子元享三年1323十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖教 皆是阿弥陀宮城県仙台市経ヶ峯
勢至貞治二年1363十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖経 皆是阿弥陀宮城県石巻市高木観音
(不明)至徳□年138□十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖経 皆是阿弥陀宮城県南方町本郷天沼
弥陀明徳三年1392十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖経 皆是阿弥陀宮城県河北町大森建立寺
観音(不明)十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖経 皆是阿弥陀青森県深浦町北金ヶ沢

宮城県の石巻,登米が多いのです。不思議です。
このほかに他の地方では下のように記録されています。
 種字  年号      西暦   偈文 所在地
弥陀弘長二年1262十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖経 皆是阿弥陀群馬県玉村町下新田
弥陀三尊文永五年1268十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸正教 皆是阿弥陀群馬県伊勢崎市宮子町
弥陀弘安十年1287十方三世仏 一切諸菩薩 八万諸聖教 皆是阿弥陀埼玉県伊奈町小針内宿


とすると,どうしても宮城の石巻,登米,桃生という北上川沿いの,そしてその延長としての遠野の関係が浮き上がってきます。

そこで私はこの地方を訪れた僧の動きからこのお経の出所が見いだせないかと考え,一遍,六十六部衆,廻国聖衆,西行,是信,日目上人,修験関係と調べてみることにしたのです。そしてこの頃は登米に近い登米市中田町新井田の新田氏の五男,日目上人の動きを少しずつ追っているところでした。
竹田氏が日蓮宗の高野聖と推測したことは大まかだとして,日目上人も日蓮の直系の弟子なのです。

(今日はここまでにします。続きがあります。)



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