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春先の雪-不思議な呪文-

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春先の雪

日目上人は日蓮の高弟日興の愛弟子であり,宮城に日蓮宗をもたらした最初の僧でした。
日目上人の祖父,新田太郎重房が承久の変の後,宮城登米の地(三迫新田郷)を与えられたのでした。このことをきっかけとして小野寺姓だった重房は新田姓に改姓したのでした。そして日目上人の父,二代目の新田五郎重綱は文永六年(1264)に鎌倉で亡くなったそうです。三迫新田郷は日目上人の兄五郎次郎頼綱が継いでいた。日目上人はこの地で新井田に大石寺の末寺として本源寺,森に上行寺,一迫に妙教寺,築館宮野に妙円寺を創建したのでした。

先回,遠野の座敷念仏に残っていた経に「阿字十方三世仏 弥字一切諸菩薩 陀字八方諸聖経 皆量阿弥陀仏」という不思議な念仏があり,宗派仏教では伝えられていない神呪経という経だったことを話した。山形の竹田賢正氏は山形の氏の実家にも同じ念仏があることを知り,その伝承のルートを考えてみた。その論文が「板碑偈文「阿字十方」の伝承系譜について」(『山形県地域史研究』14 1989)である。そして氏は結論として「日蓮宗に転宗した高野聖」によってもたらされたと言います。

どうして「日蓮宗に転宗した高野聖」と言えるのかが問題なのです。
まずこの念仏の特徴は。
「阿字」十方三世仏
「弥字」一切諸菩薩
「陀字」八方諸聖経 
皆量「阿弥陀仏」と並べると
「阿という一文字」の中には十方三世仏が全て入っているのだよ
「弥という一文字」の中には一切の諸菩薩が入っているのだよ
「陀という一文字」の中には八方のすべての経が入っているのだよ
だから南無阿弥陀仏と唱えればすべての神々しい力が湧いてくるのだよと簡単に言い聞かせるような解釈の講義を伝えるような経なのです。

実際板碑の碑文には,「十方三世仏 一切諸菩薩 八方諸聖経 皆量阿弥陀」と刻まれ,「阿字」「弥字」「陀字」は省略されて書かれることが多いのです。(二回前の記事「日目上人の出自一」の東北地方の「阿字十方」の板碑 偈文を見て下さい)
この呪文は絶体絶命の危機に唱えると効果があるという効験の高い呪文であるとお伽草子の中でも出てきます。しかしこれらは口伝に依ることで力を顕わすものであり,文字に置き換えたら効力がなくなるという考えがあったというのです。板碑の偈文には,「十方三世仏 一切諸菩薩 八方諸聖経 皆量阿弥陀」とだけ刻まれ,後は完全な形は口伝によるもののみと限定したのです。秘密として隠したわけです。実際は経通りに伝えられましたが,秘伝としておくために板碑にする場合には省略することと約束したのでしょう。

縦構図3-2gs
夜を駆ける

確かに秘伝であれば文字に残さず口伝のみとする作法はあるでしょう。
ところでこのような仏教を世に広く伝えたり,信心をもたらす方法は特に吟味されてきました。今で言う教育の技術というのでしょうか,分かりやすく現実的で聞く者が納得できなければ信者は増えません。そこで編み出されたのが「絵解き」つまり絵を見せながら信心することの大切さや仏に祈ることの大事さを解説したり,「字解き」説話を通して難しい言葉も簡単に解説することで念仏を唱えることの大切さを知らしめたのです。こうした聖達が遊行しながら人々にありがたい話を授け,信心する心を育てていったと思われます。布教はこのように各地でありがたいお坊さんが来たと伝えられ,または一遍のように木札が配られ御利益があるようにと人々も信心を深めていったのでしょう。こういう高野聖はたくさんいたでしょうし,また布教教化活動は大切な修行の一つでもあったと思われます。天台宗でなくても様々な宗派がありましたから,廻国聖とも呼ばれたり,経を納めた六十六部衆,六部とも言われ,団体で颯爽と日本国中を歩き回ったでしょう。そして修験者もいました。まさに中世の壮大な知識ネツトワークが張り巡らされていたのが事実です。それを僧達は命がけで旅していたのです。それらの片鱗が板碑として現代に伝えられています。

さて,なぜ日蓮宗か。話を急ぎましょう。
竹田氏は山形立石寺で「日蓮秘伝書」を見ました。この文書は日蓮宗の念仏のに関する秘伝書の写し(1659)です。その中に全く神呪経と同じ形式と内容が書かれていたというのです。その部分は竹田氏が線を引いているので引用してみます。
南ト者(ハ)七万五千仏之功徳也,無ト者(ハ)万億仏之功徳也,阿ト者(ハ)七万千仏之功徳也,弥ト者(ハ)七万八千仏之功徳也,陀ト者(ハ)八万諸聖経之功徳也(中略)阿之儀者(ハ)別而口伝有
竹田氏はこの文書から神呪経の唱導系譜の流れを日蓮宗も取っていること,これは宗派仏教ではないこと,日蓮宗との関連,そして日蓮宗の本来の教義ではなく基礎部分に天台の修験の考えがあることなどを元に,「日蓮宗に転宗した高野聖」と考えてみたわけです。つまり証拠よりも布教方法の技術(絵解き,字解き,念仏の唱え方)からアプローチしてみたわけです。なかなか面白い論立てです。
今日はここまでにします。

次回は「六十六部の板碑」についてです。


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