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夕陽を浴びて-なぜ通信がゆるされないか-

御岳堂駅 015-2gs
夕陽を浴びて

『春と修羅』の詩群の中にあって,とし子の死に関係する作品は暗く青白く,永遠とも言えるにぶい光を放ち続けています。
ここにとし子(トシ)に関係する作品を発表順に挙げてみます。

「永訣の朝」       1922/11/27    無声慟哭 『春と修羅』
「松の針」         1922/11/27   無声慟哭 『春と修羅』  
「無声慟哭」       1922/11/27    無声慟哭 『春と修羅』  
「風林」          1923/06/03     無声慟哭 『春と修羅』
「白い鳥」        1923/06/04    無声慟哭 『春と修羅』
 
サハリン(樺太)行き
「青森挽歌」       1923/08/01    オホーツク挽歌 『春と修羅』
「青森挽歌 三」     1923/08/01    オホーツク挽歌 『春と修羅』補遺
「津軽海峡」       1923/08/01    オホーツク挽歌 『春と修羅』補遺
「駒ヶ岳」         不明         オホーツク挽歌 『春と修羅』補遺
「旭川」 1923/08/02か  オホーツク挽歌『春と修羅』補遺8/2午前
「宗谷挽歌」       1923/08/02    オホーツク挽歌 『春と修羅』補遺8/2夜
「自由画検定委員」   不明         オホーツク挽歌 『春と修羅』補遺
「青森挽歌」       1923/08/01    オホーツク挽歌 『春と修羅』
「オホーツク挽歌」    1923/08/04   オホーツク挽歌 『春と修羅』
「樺太鉄道」        1923/08/04    オホーツク挽歌 『春と修羅』
「鈴谷平原」        1923/08/07    オホーツク挽歌 『春と修羅』
「 噴火湾(ノクターン)」 1923/08/11  オホーツク挽歌 『春と修羅』


しかし,何回か読んでいると不思議なことに気付きます。
《ヘッケル博士!
わたくしがそのありがたい証明の
任にあたってもよろしうございます》

そしてそこから7行目

そしてわたくしはほんとうに挑戦しよう)

何か確信めいた暗い希望を感じさせる暗示が読み取れるのです。
賢治は死んだ妹トシとの交信にある程度の自信を感じていたのではないでしょうか。そのような自信とも取れる口調には根拠があったように受け取れます。

生きている人間が死んだ人と交信することに自信を持っている。
言い換えれば異空間との交信に確実さを感じた,壮大なる実験を試みようとしているのです。
賢治はその方法を携えて樺太までやってきたように感じます。

彼は栄浜で一体何をしたのでしょうか。

遡ること6/3の夜
彼は夜通し歩いていた。
そして疲れ切った朝,白鳥が飛ぶのを見て「とし子だ」と確信しました。    「白い鳥」

壮大な実験は終わりました。
8/11
最後に彼は次のように書いてオホーツク挽歌群を締めくくりました。

どうしてもどこかにかくされたとし子をおもふ    「噴火湾(ノクターン)」


結論はこうでした。
「なぜ通信がゆるされないのか」




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