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夕焼けの彼方から

石巻いろいろ 177-2s
夕焼けの彼方から

昨日は夜の写真だったので,今日はずっと明るく,かっとした太陽が入った写真です。
田んぼに水が入るとまた一段と美しい景色になるこの時期がとてもいいですね。「田毎(たごと)の月」ではないですが,水面(みなも)に映る景色は波立たせている心を沈める力がありますね。

観音経か何かに心を鍛えるのに,「水面を見つめる」という修行があるそうです。そして同じ修行に「夕陽を見つめる」というのもあるそうです。私は写真を撮りながら修行も行っているのかと思うとちょっと嬉しくなります。というのも私自身の中に山野を跋渉する修験者のように自然と一体化して写真を撮りたいという気持ちがあるからです。山野を渡り歩き,彷徨える写真家になれたらという願いがあります。ですから鉄道写真も自然の幽気漂う中に置いてしまいがちです。

そうした自然と人間のつくった人工的な鉄道を組み合わせることは一見正反対の物を画面の中に置いていることになります。鉄道そのものは人間の文明を一気に変えたことは確かで,このブログで紹介した宮本常一の「忘れられた日本人」やイザベラバードや菅江真澄などの東北の紀行文を読むと,鉄道ができる前時代が実にユニークで,地域の個別性にあふれ,今考えれば信じられないこともあった時代であったと驚きます。柳田国男が「北国の春」で東北の田園風景を懐かしい日本の原風景のように目を細めて描くと,そんな目を細めて懐古主義に流れる考えを批判されることもありました。赤坂憲雄などはそうした柳田の情緒を厳しく批判する所に立っています。宮本も観光客的な「きれいねー」という姿勢を特別に嫌いました。そしてそこの生活には並々ならぬ自然の中で生きた苦労が読み取れて,今ここにある風景なのだと一生その考えを貫きました。本当に「地割り」等の宮本の考え方は風景論を一変させたと私も思います。

ただきれいな写真ではなくて,その土地の霊から言祝(ことほ)ぎを受けるような写真を撮りたいといつも思います。

丁度ゼロ年代といわれた2000年に「銃・病原菌・鉄」というジャレド・ダイアモンドが書いた本が出版されて話題になりました。
「銃・病原菌・鉄」の「鉄」が機関車をつくる鉄です。そして銃器をつくる鉄です。統治から見れば植民地を拡大するためには土地を開拓する開拓民を送り,住まわせ,状況に応じて武力によって開拓民を守るという名目で出動し平定する,そして鉄道が入るという流れは大まかすぎますが言えることでもありました。この文明の流入によって文字や生活様式も一気に導入されることによって植民地化は進んでいったのです。この文明の転換の主軸となっていたものが近代化では鉄道でもありました。



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