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一枚の雑巾が語り掛ける

落日 014-2s
落日

田んぼは植え直しが始まっています。

さて今日は一枚の雑巾の話をします。
次の写真を見て下さい。
私がある老人ホームを訪れた時におみやげとしてもらった雑巾です。

夕方列車 036-2s
一枚の雑巾

この雑巾を初めて見たときに,そのリアル感に感動しました。この雑巾は100歳を超えたおじいさんが縫った物ですが,必要以上に針を通して,出来たときには何か執着の強さやつくったおじさんのこだわりや生き様さえ感じたのでした。爾来わたしはこの雑巾を大切に持っています。多分リハビリの一環として雑巾縫いをしての作品だと思いますが,たった一枚の雑巾でありながら何と力強いものだろうと思います。いろんな人の写真や絵や作品を見ていると,このような技術を超えた非常に力や個性を感じる作品に出会うことがあり,感銘を受けます。うまいなと思う作品はいろいろありますが,これ程の力強さやこだわりを見ると,軽いショックをうけるのです。

この雑巾をつくづく見て思いだしたのは村上隆の五百羅漢図の展覧会と彼が提唱する「スーパーフラット」という考えでした。このことについては2月28日の記事に書きました。そこに彼のコレクションの一枚の雑巾が出ていました。(その記事は こちら )
雑巾が画家のコレクションとして収蔵されていること自体が珍しいし,一枚の雑巾が,キーファーの作品の横に飾られたり,秀吉自筆の書状と隣り合ったりしている生活雑貨,魯山人の隣にアラーキーの写真が置かれます。画家村上の中ではそんなものが同じ愛着で集められ,並べられる。すべて等価値で置かれているという,その考えが「スーパーフラット」な考えなのでしょう。モノをモノとして見て,権威づけられたモノをゼロに戻す。他人のモノサシに寄りかからない。自分が必要と認めたモノを探して見つける。その基準はお金ではないのです。実は自分自身の方向性を指し示す「物化された欲望だったり,思想だったりする」わけです。ですからコレクションから読み解く作家の作品との関連性も研究対象となるのでしょう。言わばスーパーのバックヤードツアーのように作家のコレクションのバックヤードツアーをするのです。
おもしろいのはグリコのおまけも宝物になるし,高級ブランドの限定特別品も宝物になって同じ価値に収められることです。全ての違った価値を無力化して,つまりゼロ化して並べ直すと一枚の雑巾の脇にキーファーの作品が並べられることになるのです。

資本主義は今退廃の時期を迎えて,このこだわりで本物やコピー,希少性や物の値段という価値が崩壊の一途をたどっています。すり替えられた物や嘘を通した物が流通し,並べられ,商品として置かれます。そして人々の欲望を派手に飾り付けています。ここに人間の欲望の偏向化したフェティシズムが寄生しています。これはオタク文化としてもうかなり増殖してマーケットの大きい部分を占めてきています。人はもう「嘘でもいいや」と表層化した物に仮の欲望の満足を置いてそれをスタイル化することもあります。これが偽装問題や見えない部分の耐震化工事のデータ改ざん問題として現われてきているのでしょう。責任の所在が,そして作り手の思いが見えないのです。この点では日本の農家の人たちの仕事は素晴らしいです。今見えている最高のもの(米や野菜)が眼に見える形で売られているのですから。

村上隆コレクション雑巾
村上隆のコレクション「雑巾」

もう一つ,「雑巾」で思い出した物があります。このブログでも何回か紹介してきましたが,宮本常一の仕事です。彼は民俗学の中では実に人々の生活に裏付けられた学問の成果を目指しました。と同時に10万枚を超える写真も残しました。彼の学問の方法論は実に斬新で眼に見えて説得力があることをつくづくこの頃感じます。
その彼がある村の学校を通りかかったときに見つけて,目に入ってきたものが分教場の片隅に掛けられていた「雑巾」でした。
その雑巾はぼろぼろで汚れていました。穴が空いている雑巾もありました。ほとんど使うのに耐えない雑巾が干されて並べられていたのでした。それを見て宮本は思いました。
この村の人々は,こんな捨ててもいいような雑巾を最後まで捨てずに使っている。物を大切にする人々が住んでいる村だ。そしてこの分教場の子ども達は物を大切にすることを身をもって教わっている。その姿が一枚一枚のこの雑巾として倹約の思いが今目の前に現われている。この村の人々はきっと裕福とは言えない生活をしてきたのだろう。しかし質素倹約を重ね,物を大切にしながら生きている。すばらしい村だ。

宮本は一枚の雑巾からこう読み取っています。この読みは私たちの今をどのように生きていくべきかを伝えているのではないでしょうか。資本主義の中に溺れることなく,自分たちのスタイルを確立して生きている人がいる。

震災で学んだ私たちは今をそのように生きているのだと思います。



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