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百姓の力

栗駒田んぼの見回り-2gs
満月の夜の田んぼの見回り(5月22日)

田植えが終わった田んぼを見ると,本当にきれいだなあと思います。
畦の直線,水の管理が行き届いて濁りのない水,美しく刈り揃えた畦道,きれいに植えられた苗。芸術品のように見える田んぼがあります。それを昔から美田と言いました。

そうした田んぼの美しさは世界でも水の国日本と自慢できることでしょう。
日本産のトキが絶滅して中国から譲り受けてから放鳥される時に,地元の農家の人は稲を倒したりしないか心配だと言いました。その発言について私は最初「トキはもう絶滅して最後のチャンスなんだから稲が倒される心配よりも・・・。」と正直思ったのでした。しかし,日本の隅々まで広がる美しい田んぼを見ると,農家の人がそう言ったことの心情が分かるような気がするのです。米をただ作っているのではないのです。きれいに作る,おいしく作る,丹精込めて作ることが稲作の最初から最後まで行き渡っているいるのです。まさに百姓のプライドを賭けて米を作っているのです。苗代作りや草刈りから,毎日の水の管理まで細心の注意をはらいおいしい米を作る。適当なやり方では米は育たないのです。そうしたことを知っているから百姓はどこまでも田んぼの隅々まで美しくきれいに作ることを信条としているのです。

棚田-2gs
2014年に撮った上の写真と同じ田んぼ

宮本常一の「忘れられた日本人」の中の「土佐源氏」は一旦読んだら忘れられないものですね。その「土佐源氏」の主人公は馬喰(ばくろう)をしています。つまり馬を売ったり,買ったりする職業です。その主人公が何かにつけ,百姓の素晴らしさを言うのです。どんなにやせ細った弱い馬でも,性格の悪い馬でも,百姓に育ててもらうとほんとに良い馬となって帰ってくる。百姓は素晴らしいと言うわけです。百姓は生き物を大切にして家族同然にして育て上げます。病気がちの馬にはいい物を食べさせ,運動をさせ,体をきれいにして健康な馬にします。性格の悪い暴れ馬にも愛情を注ぎ,やさしい馬に育て上げます。そんな百姓の素晴らしさを何回か言うシーンがあります。

栗駒満月 069-2s
栗駒 厳美町祭畤(まつるべ)地区 新緑に包まれる田んぼ

稲作の始め以来,連綿として稲作は日本の主産業として続けられてきました。人々は未開の土地を湿地を開墾し干拓し,稲作や美しい野菜や果樹を育ててきました。日本人の美意識に基づく稲作は芸術であり,その質は世界一と言えます。それなのに効率が悪いからTPPでは自由化ですか。緑成す美田を見てほしいと思います。

栗駒満月 058-2s
栗駒滝ノ原地区の美しい田んぼ

よく日本史で江戸時代の職業別人口を教えられました。そして農業が圧倒的で,比率からすると農業80%,工業4%,商業7%,雑業9%,雇い人2%(古島敏雄『産業史』明治初年から五年)となっています。
本当にこんなに農家が多かったのでしょうか。歴史学者の網野善彦氏はこの農家は果樹,蚕業,絹,大豆,堅果等も農業に入れている事実があり,みな米に換算していることからくるもので正確ではないと言います。百姓は実は米作りだけではなく,野菜,畜産,果樹,運輸等,多岐にわたる生産活動で多角的に最新情報を得て,新しい作物なども生産していたのです。ですから百の面を持つ何でも知っている農家が百姓なのです。
また,全人口の80%にも及ぶという農業従事者は土地持ちである者は農業と規定していたのではないかと思わせる資料もあります。私が二度ほど書いている「修験の身分」という資料を見てみると,修験者が「お前は土地もあって畑にして耕しているから百姓だ」と代官所で言われるシーンがあるのです。とにかく少しでも土地があって,そこで何か育てていれば区分は百姓扱いにしていたことが伺えます。

本当はここで一揆のことに触れ,百姓の心意気を書きたいのですが,長くなるので別の機会に改めて書きます。

読んでいただきありがとうございました。
また今日は鉄道写真ではなかったことをご了承下さい。



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