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残されてあるもの『異人論序説』

参の星
参の星
雪月夜雪月夜

 雪ではぐれた女が家に住むようになり,子のない爺さまと婆さまは,かわいくてしようがない。じいさまは町に行った帰り,早速とおみやげとして赤い櫛を買ってきた。赤い櫛は女の黒く長い髪によく似合った。なんでも爺さまと婆さまの言うことは聞いたが,ただひとつ風呂には入りたがらなかった。歳とりの夜だったか,とうとう勧められるままに女は風呂に入った。ところがいつまでたっても上がってこない。風呂場に行ってみると,風呂に女の姿はなく,ただもうもうと湯気が上がる風呂には赤い櫛だけが浮いていたのだった。
 女は雪女だった。
風呂桶に只ゆらゆらと浮いている赤い櫛。
イメージが鮮烈です。

 その屋敷の娘がいなくなったのは何刻(なんどき)なのか,わからなかった。家の者たちが夕刻田畑から帰ってくると家の前の梨の木の根元に娘の草履がきれいにそろえて置いてあった。娘はそれから見つからなかった。夜っぴて探したが杳として娘の行方は知れなかった。

梨の木の根元にきれいに揃えられてあった草履。戸や障子が開け放たれたままの薄暗くなった家にこだまする娘を呼ぶ声。

 どちらの話も突然にいなくなること,消えてしまうという終わり方です。いなくなった後に残されていたものが実に効果的に不在という事実を表現しています。残像のように,残り香のように,かえって濃厚に存在が確かめられるようになっているのです。くり返される日常に突然に割って入る不在や喪失がどんな深い意味をもつものか,そこに残されたものによって語られます。
 ところが,人間はそのような不在や喪失を簡単に受け容れられるものではありません。いなくなった者は還ってくるのです。この世やあの世のどこかに生きていて,還ってくると信じていたのです。

「盥(たらい)に水を入れて表の口に出し,新しい草履を揃えておくと,いつの間にかその草履も板縁(いたべり)も濡れているなどと噂せられた。」柳田國男『山の人生』十四
新しい草履と足を洗う盥を揃えておくことで,いなくなった娘の帰りを待つという家の人の気持ちが儚いながら,切々と伝わってきます。

(そう。必ず帰ってくる。この家に帰ってくる。愛して育てた娘だから・・・。いなくなっても・・・。)
今日の本
『異人論序説』赤坂憲雄 ちくま文庫
異人論序説 (ちくま学芸文庫)異人論序説 (ちくま学芸文庫)
(1992/08)
赤坂 憲雄

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