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1年に二度ばかりの

陸東 021-2s
リゾートみのり これから上り坂へ  陸羽東線 瀬見温泉-鵜杉

今日は秋分の日の太陽の日没のお話です。
今年の秋分の日は22日ですね。
秋分の日は太陽が天の赤道を通過する日を言いますから年二回あって,春分の日を黄経0°とすると秋分の日は反対側の黄経180°地点と言うことになります。ステナビで9月22日の日の入りを再現してみました。この日の日没は17:35です。
なんでわざわざ再現までしてみるなんてとお思いでしょうが,実は昔より春分と秋分の「1年に二度ばかりしかない」貴重な日没に奇蹟が起るとされている日没だからです。

秋分の日
今週木曜日9月22日の日没太陽の真ん中を縦に貫く線が真西の方位線

昔からこの秋分の日と春分の日に真西に沈む太陽を拝むと,落日の雲たなびいた紫雲より阿弥陀如来が姿を現わすという話があります。この話は絵にも随分と描かれています。山越阿弥陀来迎図と言われています。折口信夫は昭和19年に書いた「山越しの阿弥陀像の画因」の中で大倉集古館所蔵の冷泉為恭筆の「阿弥陀来迎図」のいわれを興味深く感じて書いています。その阿弥陀図が次の写真です。

山越阿弥陀来迎図
山越の阿弥陀図 冷泉為恭筆 大倉集古館蔵

折口信夫はこの絵が偶然に地震をのがれ生き延びることになった経緯を読んで,絵が実際の経緯を「絵とき」しているようだと興味を持って書いています。山に日が沈む頃その山の端に現われる阿弥陀如来。陽の光を後背とし,松が茂る稜線から上半身を顕わします。この絵を寺に納め,そのまま旅に出た冷泉為恭がそのまま浪士の刃にかかり落命したというエピソードも何かしら折口の心に悲劇の「せつなさ」と写ったのかもしれません。同じように中世からたくさんの「山越阿弥陀来迎図」は描かれてきました。
阿弥陀様はこのように私たちを助けるために,やさしくこの世に現われ,私たちに浄土へ行きましょうと誘って下さる。人に善悪はなく,助かりたいと願ったときが発心の時,修行や功徳はまた別に,あまねく人に手をさしのべるという絵です。
アニメの「おもいでぽろぽろ」の中に紅花つみで朝日が差したとき,農家の人たちは手を合わせ太陽を拝む美しいシーンが出てきます。昔の人はそんな当たり前の,ありがたい気持ちをそんな仕草で表していたことも確かです。太陽も,雲も,雨も,風もありがたいものです。それは何も太陽信仰と大げさに名付けなくても分かるような気がします。

山越阿弥陀来迎図禅林寺
国宝 禅林寺の山越阿弥陀来迎図

絹に彩色された美しい,どこかやわらかで脇侍の観音菩薩,勢至菩薩もお迎えにきましたよと言っているようです。

山越阿弥陀来迎図金戒光明寺
重文 金戒光明寺の山越阿弥陀来迎図

こちらもまた気品ある面持ちの阿弥陀様です。どうやら阿弥陀様の印を組んだ手に糸があります。その糸先が死なんとする人の手に結ばれ,繋がれて極楽に連れて行ってもらうということなのでしょう。

しかし,どうして日没の光なのでしょう。この背景には浄土教の日想観という考えがあります。
正に沈まんとする日輪を心静かに眺めるという修行です。観無量寿経に
汝及び衆生応まさに心を専らにし、念を一処に繋けて、西方を想ふべし。云はく、何が想をなすや。凡想をなすとは、一切の衆生、生盲に非るよりは、目有る徒、皆日没を見よ。当に想念を起し、正坐し西に向ひて、日を諦あきらかに観じ、心を堅く住せしめ、想を専らにして移らざれ。日の歿ぼつせむとするや、形、鼓を懸けたる如きを見るべし。既に見已をへば目を閉開するも、皆明了ならしめよ。是を日想となし、名づけて、初観といふ。
そうして次に水を静かに眺めるという水想観・宝地観・宝樹観・宝池観・宝楼観と修行が重ねられるのです。
そして特に春分と秋分の日の日没は特別とされたのでしょう。

で,22日はどうでしょう。
どうやら台風直撃ではありませんか。

もし晴れたら日の出を拝み,日没のありがたい陽の光を浴びたいものです。



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