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遠野物語-付け加えられた言葉-

新田駅到着 001-2trgs
列車が入ります  東北本線 伊豆沼の最寄り駅 新田駅

今日は「遠野物語」の話をします。
先日「『遠野物語』と神々の世界」と題された2004年の『遠野物語ゼミナール2004講義記録』を読んでいたときでした。この本の初めに石井正己の「『遠野物語』と吉本隆明」が載せられています。
吉本隆明が「遠野物語」を選んで書いた「共同幻想論」は吉本の筆鋒鋭い44歳,1968年の時でした。そこで柳田国男,遠野物語,吉本隆明というラインが出来上がるのです。この「共同幻想論」は私たちが形作る村落共同体を維持する社会的な制約(掟)を浮かび上がらせる為にまず「遠野物語」を取り上げ,他方では国家としての社会秩序を浮かび上がらせる為に「古事記」を取り上げるという仕組みで書かれた本でした。その両方を浮かび上がらせることで個人から国家までの社会の仕組みを維持する,言わば無意識につくる「幻想」とそれに捕らわれていく姿を「共同幻想」という概念であぶり出そうとする意欲的な作品です。

まあ吉本隆明の「共同幻想論」と遠野物語は後に語る機会をもつとして,石井正己の講演の中で気になる文章に突き当たりました。
柳田国男が佐々木喜善から聞き書きした「遠野物語」に柳田自身が付け加えている言葉があるというのです。
例えば,先ほどの三話の最後の「山男なるべしと云へり」という一文は,現在残る一番古い草稿にはなく,清書で付け加えられています。

これは佐々木喜善は語らなかった言葉が柳田国男が何かの意図をもって(勝手に)付け加えている語や文があると指摘しています。
直解すると,柳田国男によってねつ造された部分がある,純粋ではない「遠野物語」と誤解される証拠が見つかったようなものです。
そこで現在残されている原稿の流れから遠野物語が誕生するまでを辿ったのが,石井正己の「遠野物語の誕生」若草書房2000年でした。
この本からどの程度の柳田自身の改変が「遠野物語」にあるのかを見てみました。

お姉ちゃん帰宅電車 034-2s
夜の駅に電車は停まり

まず先ほど石井自身が取り上げた,「山男なるべしと云へり」と付け加えた第三話を引用してみます。
三 山々の奥には山人住めり。栃内(とちない)村和野(わの)の佐々木嘉兵衛(かへえ)という人は今も七十余にて生存せり。この翁おきな若かりしころ猟をして山奥に入りしに、遥はるかなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪を梳くしけずりていたり。顔の色きわめて白し。不敵の男なれば直(ただち)に銃(つつ)を差し向けて打ち放せしに弾に応じて倒れたり。そこに馳かけつけて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪はまたそのたけよりも長かりき。のちの験(しるし)にせばやと思いてその髪をいささか切り取り、これを綰(わが)ねて懐ふところに入れ、やがて家路に向いしに、道の程にて耐たえがたく睡眠を催(もよお)しければ、しばらく物蔭ものかげに立寄りてまどろみたり。その間夢と現との境のようなる時に、これも丈(たけ)の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かの綰ねたる黒髪を取り返し立ち去ると見ればたちまち睡(ねむり)は覚めたり。山男なるべしと云えり。
最後の下線部を柳田自身が付け加えたというのです。
これは「山々の奥には山人住めり」という冒頭に呼応する形で取り入れられ,まとめとして「山男なるべしと云えり。」と入れることで一層不思議な背の高い男が山男だと強調する効果が出てくるのでしょう。このように清書段階までで付け加えられた言葉は「数字,方角,地名,人名,屋号」と詳しい点にまで及ぶが,柳田は草稿段階で空欄にしておき,その草稿を佐々木喜善に送り,空欄に正しい言葉を埋めるようにしていたようです。
また,柳田から送られてきた草稿を佐々木自身が事実確認を取る作業もありました。この三話の冒頭は最初こう記されていました。
「二三年前七十余にて身まかりし〔嘉兵衛〕という翁」となっていて,嘉兵衛というおじいさんは死んでいたように喜善は話したが,確認したら生きていたということが分かり,「栃内(とちない)村和野(わの)の佐々木嘉兵衛(かへえ)という人は今も七十余にて生存せり。」に直したという逸話も残っています。
どうして最初に「山人(やまびと)」が出てきて最後は「山男」なのだろう。これは「山女」に対して男だから「山男」としたのかもしれません。
山女と対にして山男を使った例が「五」にもあります。
五 遠野郷より海岸の田ノ浜、吉利吉里(きりきり)などへ越ゆるには、昔より笛吹峠(ふえふきとうげ)という山路(やまみち)あり。山口村より六角牛(ろっこうし)の方へ入り路のりも近かりしかど、近年この峠を越ゆる者、山中にて必ず山男山女に出逢であうより、誰もみな怖おそろしがりて次第に往来も稀まれになりしかば、ついに別の路を境木峠(さかいげとうげ)という方に開き、和山(わやま)を馬次場(うまつぎば)として今は此方ばかりを越ゆるようになれり。二里以上の迂路うろなり。
ここに出てきた下線部の「山男山女」は草稿段階では「山女」であった。柳田は「山男」を清書で付け加えたのです。

遠野物語には分類しやすいようにキーワードが物語冒頭に付けられている。これを「題目」と云っている。この題目で「山男」を見ると

山男
五、六、七、九、二八、三〇、三一、九二
山女
三、四、三四、三五、七五
とある。山男という扱いを新しく付け加えることで関連性を整えるため,他の個所にも「山男」を挿入したという作業が見えて来ます。この題目に従い,九話目を読むと「山女」だけが出てきて,「山男」は出てこないのです。しかし柳田は九話を山男に分類しているのです。不思議です。関連性が合わないのです。

このように柳田は「山男」を物語を系統立てる意味で造語して,新出させた言葉だと考えることができます。遠野物語は佐々木喜善からの聞き書きでありながら,一つの本としての体裁を整える作業が至る所に見えているのです。


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