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晴れゆく空

勤労感謝の日2 001-2gs
晴れゆく空

寒いけれど,星がきれいな夜もこれからです。

明日は宮澤賢治の妹トシの命日です。
まず賢治は今年生誕120年,没後83年だそうです。
そして妹トシの命日は,1922(大正11)年11月27日。
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
「永訣の朝」のこの一節だけ読んでも,「雪は銀河から直接に落ちてくる」というイメージです。すべてのものが私たちに届くまでがまっすぐに示されます。何も介されることなく直接に私たちにもたらされるものなのです。ですから不純な物は何もない。ダイレクトに宇宙や自然と繋がっているという感覚。ここに賢治の生きて得た肯定感,つまり希望があったのです。妹トシが死ぬことはこの宇宙秩序に美しく配されることだとも知っていたでしょう。しかし自分よりも若くて未来ある妹がなぜこの年で死ななくてはいけないのか,こんな勘定が彼の中にはあったはずです。

この後,賢治は一緒に採ってきた松の葉をトシの頬に触れさせた。
松の針

  さつきのみぞれをとつてきた
  あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頬をあてる
そんな植物性の青い針のなかに
はげしく頬を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにわたくしたちをおどろかすことか
そんなにまでおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるところでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことを考へながらぶらぶら森をあるいてゐた
   《ああいい さつぱりした
    まるで林のながさ来たよだ》
行きたかったのはひんやりとした空気をもった林の中だった。

この後トシはハクチョウになって賢治の前に現われる。その鳥はコウコウと賢治の悲しみをなだめるように鳴き,賢治の見上げる空を飛び続ける。死ぬ前に最も美しい歌を歌うという「白鳥の歌」です。


トシは女学校時代に音楽教師に恋心を抱き,それがゴシップ事件にまで発展してしまった。故郷から逃れるように日本女子大学に入り,鳴瀬仁蔵の倫理講義を受け,自分の生きる意義を見つめ始めた。鳴瀬はノーベル賞を受けたメーテルリンクを取り上げ講義を行った。トシは深い感銘を受けた。『青い鳥』はもちろん『万有の神秘』1916,『タンタジールの死』1914 を読み,トシは賢治に読むように勧めた。これは賢治にとって大きな思想的な礎になったことは確かです。何よりも心霊主義の嵐が吹き荒れた日本思想界にとっても変革の時でした。この心霊主義の流れを知った川端康成の「抒情歌」がトシや賢治の底にある深い流れを言い表わしているのかもしれない。
「私」は輪廻転生を、「人間が作った一番美しい愛の抒情詩」だと思いながらも、昔の聖者も今の心霊学者も人間の霊魂だけを尊び、動物や植物を蔑んでいるようにも感じた。人間は結局何千年もかけ、自身と自然界の万物とを区別する方向ばかり進み、その「ひとりよがりの空しい歩み」が、今こんなに人間の「魂」を寂しくしているのではないかと「私」は考える。
    
「あなた」に捨てられ、アネモネの花の心を知り、「哀れな女神」でいるよりも美しい草花になった方がどんなに楽しいか、綾子や「あなた」への恨みに日夜苦しめられる哀れな女でいるよりも、アネモネの花になってしまいたいと「私」は何度も思った。愛を失い、全てが味気なくなっていた「私」は「輪廻転生の抒情詩」を読むうち、禽獣草木のうちに「あなた」や「私」を見つけ、次第に天地万物をおおらかに愛する心を取戻していった。                 wikiによる川端康成「抒情歌」より

「林へ行きたい」というトシは,「禽獣草木のうちに「あなた」や「私」を見つけ、次第に天地万物をおおらかに愛する心を取戻していく」ことを心から願っていたのかもしれません。



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