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雪降りの朝--写真とは何か-

雪降りの朝 039-2s
雪降りの朝

朝起きてみると雪降りです。

あっと言う間に11日。
あと残すところ2週間。
ふと気付いてびっくりしました。

雪降りの朝 114-2gs
いつもの場所へ

レンブラントの新作が出たんですって
見てみました。AIによって描かれた肖像画でした。
レンブラントタッチじゃないの。
そのうち写真もレンブラント風,モネ風,東山魁夷風と,あらかじめプログラミングされたレタッチソフトでつくる時代も来るでしょう。
オリジナルはそんな中に深く埋もれていくのです。
作者は関係なくなります。どんな写真が自分に合うのか。そういう写真を探して,イメージに合うものが見つかったらゲットします。ポケモンGOの感覚ですね。そうなれば作品の意図やメッセージなど知る必要もありません。もちろん作者の考えや創造性など知る必要もないのです。イメージに合った写真はその人のその日の気まぐれで,この世界に雑巾のように吊されて干してあるのです。
日本人は不思議です。次から次へと写真を撮り,次から次へと捨てていきます。このような刹那性が外国の人にとっては不思議に見えるんだそうです。どうして自分の撮った作品をそんなに粗末にするのか。作品にしてゆっくり鑑賞するという味わい方はないのか。そもそも日本人にとって写真は芸術ではないのか。そんな文章を誰かの本で読んだことがありました。フランスの哲学者だったかもしれません。

私は東日本大震災の2週間後に沿岸部を見て回りました。南三陸から北へ向かいました。
そして気付いたことは,実にたくさんの写真が流されてそこここにおびただしく散乱していたことです。

踊っている女の人の写真,並んで写っている記念写真,ピアノの発表会,飲んで騒いでいる写真・・・。

一歩歩く毎にたくさんの写真が目に入ってきました。もう持ち主が誰なのかが分からなくなった写真がこの世にばら撒かれていたのです。何万枚あったのか,それとも何十万枚か。一人一人の人生の記憶の断片が一瞬のうちに持ち主不明となってうず高く積み上げられたあの光景を忘れることはできません。あの津波以降,写真が持ち主に戻るためのプロジェクトが至るところで立ち上げられました。そして5年を過ぎて処分されていった写真がどれだけあるでしょうか。暗澹たる気持ちになります。
津波に流されて,雨や雪にさらされ,陽の光を浴びて薄汚れた膨大な写真ども。忘れ去られることのむごさも知りました。写真とは何なのか。

今日は11日。月命日です。
あれから5年9か月です。


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