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夜汽車の思いで

今日は学生時代に夜汽車で帰郷する時の思い出を話します。
今から30年ほども前のことです。今となっては懐かしく鉄道の風景を思い出します。

霞む月-2補正gs
霞む月

12月30日家に帰ることをためらいながらも上野駅の東北線のホームに立った。
切符はなんとか買えた。
上野駅13番線は時間も早いのか,がらんとしている。
倉庫のようなホームに立ち,向かい側のホームの下に大きなネズミが出てきた。あんな大きなネズミは見たことがなかった。

急行八甲田に乗ろうと思っている。
上野発22:48。いつも自由席だ。これだと朝早くに小牛田に着く。
僕はこの一年何をしていただろうと思う。親に現金書留の仕送りをもらい,ただ鬱々と暮らしてきた。何もしていなかったのだ。
ただ穴蔵のような地下2階の図書館で本を読んで,暮らしていた。スピノザやサルトルの全集を読んで,少しばかりギリシャ語のおさらいをして早稲田に行った。早稲田の掘立小屋のような左翼系の出版社でギリシャ語を習っていたのだ。その出版社に「雇ってくれないか」と言った。「うちもぎりぎりだから」と断られた。就職するあてもなかった。

ふと気付くと猟師が鋭い目をしてホームを歩いてきた。
凡そ東京とは思えない格好だ。毛皮をなめした帽子をかぶり,背中から布に厚く巻いた鉄砲を斜にかけている。この上野駅の13番ホームで狐や熊が出てきたら素早く撃てるような気配が身体からにじみ出ていた。その猟師はホームに一人いる僕を睨みながら歩いてくる。その眼光はただならぬ鋭さで,一度見られたら一瞬で身がすくんでしまう力を持っていた。案の定,僕は動けなくなり目も猟師の目に吸い寄せられていった。薄汚れた厚手のシャツとこれまた上に毛皮をなめしたチョッキを着ている。毛皮の尻当てもしている。猟師はすぐ後を通り過ぎ,二つばかり先の同じ自由席の垂れ下がった掲示を見て止まった。
後にも先にもあんな眼光鋭い人に会ったのは初めてだった。あの頃はまだまたぎが商売として成り立っていたのだ。

ISS1月3日-2s
夜汽車を横切るISS

あの頃,家に帰るのは急行列車が多かった。
東京を夜遅く発って,朝に岩手県との県境に近い実家に帰っていた。
入線の放送がある10分前から急に人が多くなった。出稼ぎに来ていた人たちが故郷に帰るお土産を持ちきれないほど持っていた。集団列車に乗って,中卒で仕事に就いた若い男の子が威張った感じで僕の隣にやってきた。新調したばかりのスカイブルーの背広にネクタイは真っ赤だった。ネクタイの結び目が顔の半分もある大きさだった。なんという結び方なんだろう。明らかに背広姿が似合っていなかった。首が太く短いのだ。しかし彼は花の東京で一人で働き,自分が稼いだ金でこの背広を買ったのだ。今彼は故郷に凱旋するのだ。

夜汽車3-2gs
夜汽車

急行八甲田の青い車体がホームに滑り込んだ。機関車交換をすると言う。なんとか自分の席を確保した。またたく間に車内は人息でぼんやりとしてきた。車内の通路には次々と新聞紙が敷かれ,荷物を枕にして寝る用意をする。発車前のせわしない放送が鳴り続けている。明日が大晦日という夜だ。ホームでも車内でも人の往来が特に激しい。ドアが閉まると急に空気が変わったように感じる。静かになって東京の騒がしさをあきらめたように黙ってしまう。
しばらくして,深夜の東京を後にすると外は明かりが切れた暗い景色になっていく。やがて踏切のカンカンカンという音が間隔をおいて聞え始める。夜汽車の震動は同じリズムを重ねていく。車内が少し暗くなる。寝ている人のために照明を落とすのだ。黒磯駅で機関車の交換をするときには真っ暗になる。直流電流から交流電流への切り替えが行われるのだ。このことを知らないときにはいつも不思議に思っていた。東京タワーができて,初めて見に行った時も黒磯駅は停電になる駅と思った。子供心に真っ暗になった時に犯罪が起きなければいいなと祈っていた。

9時半 038-2s
夜の(北)新田駅にて

夜が明けて大晦日の早朝(北)新田駅に着いた。
列車を降りると一瞬して空気が凍り付いたように感じた。
横を見てまた驚いた。
あの顔の半分もある結び方をした真っ赤なネクタイとスカイブルーの背広が目に入ってきた。
あの若者が同じ駅で降りたのだ。さらに驚いたことには迎えた家族に深々と礼をして,出迎えの礼の言葉を蕩々と述べていたのだ。
「わざわざわたくしのために遠く,迎えにきていただき,ありがとうございました。皆様はお元気でいらっしゃいますか。失礼します」
若者は恐縮して車に乗り込んでいった。
(あの若者はどう見ても中学生の顔だった。しかし働くとあんなにも大人になるんだ。なんと立派な人だ。)

わたしはそう思うと,つくづく今の自分がいやになった。きらいになった。
僕はただうらうらと生きて,何をしてるんだろう。

憂鬱な足取りで,僕は家にとぼとぼと歩き始めた。


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