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弔いの歌-たつの場合2-

夜の気仙沼線3-2gs
冬空を通過  気仙沼線 1/26

平次郎が幼いたつに初めて会ったのは羽黒山参りの寄り合いの時であった。
平次郎がいる村から峠一つ隔てた入り江の村から直接立ち上がった小高い山の上に勝源院という山伏の寺があった。山伏の勝源院は羽黒山で修行を重ねて村に戻ってきた寡黙な男だった。そのうだつの上がらぬ勝源院がふとしたことから「たつ」という幼子を引き受けて育てることになった。たつは霊感の効く巫女の子どもだという噂があった。
「むっつりの勝源院様が幼子を引き受け,育てているぞ」
村人は何かある度に顔を突き合わせてそう話した。結局,勝源院はこのことで喜ばしく村人にあっさりと迎えられることになった。勝源院の上がり框には毎日野菜や魚や食べ物が置かれていた。村人がこっそりと置いていったのである。
「勝源院様のためではねえ。たつに食べさせるためだ」と村人はにこにこして勝源院をからかった。
やがて村人は勝源院を頼りにするようになった。


-12℃の朝 074-2s
キツネの保線員さん

肝入の善左衛門の家は不幸続きだった。長引いた飢饉の時に善左衛門の父や母が疫病で亡くなった。それに加えて娘も亡くなったのだ。なかなか子宝に恵まれなかった善左衛門にとっては遅くに恵まれた愛おしい娘を失ったことはこの上ない痛手となった。娘の葬儀も一段落ついた頃,善左衛門から勝源院に祈祷の申し出があった。勝源院は山形に霞地をもらった仲間を呼んで周到な祈祷を行った。しかし,連れて行ったたつが大変なものを見付けた。たつが善左衛門の家の土間を非常に怖がった。そこで土間の奥の床下を調べてみると,埋められた茶碗の中から呪術に使われた紙の紙縒り(こより)が見つかったのだ。何者の仕業かと村は騒然となった。
たつはその時から村人に一目置かれる存在になったのであった。やはりたつは特別な才能を持っていたと言うことを証明してしまったのである。



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