二人の菜食主義者-賢治と悟堂- その4-利他主義の行方

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秋を迎えた最近のさんぽ道

賢治も悟堂も自然が好きで,自然の中に自分の救いを求めるようになっていくスタンスは共通していますし,何も二人だけに限ったことではなく,人間が本来持っている「こころもち」に自然から受ける慰めがあるからでしょう。「トルストイブーム」は自制,節制を説き,欲望のままに生きる利己主義に警鐘を鳴らしました。自活,自立を基本として食べることについては「適切な断食」という表現ですが,健康のために菜食主義をすべきだと語ります。これらのライフスタイルはすべて善なる生き方に通じて,また肉食などの不必要な殺生から生まれるものを自分から遠ざけた方が良いと言います。当然,もともと賢治も悟堂も自然を好み,仏教に奉ずる身としては菜食に傾くことはそう難しくはなかったでしょう。

さて,動物や魚を殺して命をいただく人間の業に気付いた時に,菜食主義への気付きが生まれ,利他主義ともシンクロしていきます。賢治がよく語る「自分の命も惜しくない,あげます」という心持ちです。何か人のために尽くしたい,役に立ちたいという気持ちは慈悲の心と言われます。しかし他のために尽くすことは究極では,命そのものを差し出すという覚悟まで直結しています。自分のすべてのものを投げ出してもあなたのために自分を差し出す覚悟。宗教家で,出身も賢治の家の近くの山折哲雄氏は賢治のそうした性格を「捨身飼虎」の仏教譚になぞらえて語ります。「捨身飼虎」とはまさに自分の命を飢えている虎の親子に差し出し,自分は死んで虎を救うという話です。自分の命を投げ打ってでも善なる悟りに捧げる行いの厳しさを感じる逸話です。「マリヴロンと少女」を読んでみましょう。
マリヴロン(先生)はかすかにといきしたので、その胸の黄や菫の宝石は一つずつ声をあげるように輝きました。そして云う。
「うやまいを受けることは、あなたもおなじです。なぜそんなに陰気な顔をなさるのですか。」
「私はもう死んでもいいのでございます。」 「どうしてそんなことを、仰っしゃるのです。あなたはまだまだお若いではありませんか。」
「いいえ。私の命なんか、なんでもないのでございます。あなたが、もし、もっと立派におなりになる為なら、私なんか、百ぺんでも死にます。」 「あなたこそそんなにお立派ではありませんか。あなたは、立派なおしごとをあちらへ行ってなさるでしょう。それはわたくしなどよりははるかに高いしごとです。私などはそれはまことにたよりないのです。ほんの十分か十五分か声のひびきのあるうちのいのちです。」
「いいえ、ちがいます。ちがいます。先生はここの世界やみんなをもっときれいに立派になさるお方でございます。」
 マリヴロンは思わず微笑いました。
このような感じで賢治童話にはたくさん「私の命を差し上げます」という過激とも思える,必死な言葉が語られるのです。なぜこんなにも必死なのでしょうか。

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私には無私に取り憑かれた姿に映ってしまうのです。自分に対する無力感や絶望感が暗い煩悶としてあり,そこから抜け出そうとして決死の飛躍を試みる。死ぬことで自分の存在が成り立つという決死の思いが見て取れます。青春期独特の悩み,人生に対する答えのなさ,自分は信頼されているのかという不安,そうしたものが 「私はもう死んでもいいのでございます。」という相手に認められたいとというショートカットをつくり,極端な言葉として表現されていくのではないでしょうか。愛すると言うことは命を捨ててでも愛することで初めて証明されるものだと思ってしまうのです。こうした自分のすべてを相手に投げ出すというスタンスが賢治の童話や詩に表現されるのでしょう。賢治が死ぬ間際に「慢」こそが自分を駄目にしてきたのだと言う気持ちに彼の人生の「許されなさのかなしみ」を感じるのです。

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父に将来のことを相談し,妹のトシが亡くなり,様々な人生経験を積みながらも賢治の心の奥深くには何の役にも立てていない自分が写っていたのだと思います。よだかのかなしみはそんな悲しみです。利他主義の根本はこのような難しい命のやりとりに関係することです。菜食主義もまた命のやりとりに関係することです。妥協するという言葉は少なくても賢治には当てはまりません。樺太に行った賢治は帰りに花巻までの汽車賃もすべて不憫と思われた女の子あげたのはどうしてでしょう。彼は樺太の栄浜でトシに呼びかけながら自分ができることを改めて考えてみた結果として金銭のすべてを与えたのです。まさに自分を投げ打ってまで他の人に尽くすという利他主義の実践でした。彼の一本気に父政次郎も困り果てていた部分もあったでしょう。東北砕石工場での過酷なセールスもそうした賢治の東蔵さんを助けたいという利他主義の現れでした。

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しかし賢治には救いの道があったのです。たゆみない書くことへの情熱です。それは救いを模索する情熱です。
わたしは賢治に聖の姿を見てしまいます。それも物語を語りながら説法する聖です。

以前私は明恵上人のことを書きました。少し引用してみます。
西行を読んでいたときに出会った明恵上人の歌を思い出します。
ヤウヤク中夜にイタリテ出観ノノチ,峰ノ房ヲイデテ下房ヘカヘル時,月雲マヨリイデテ光雪ニカガヤク。狼ノ谷ニホユルモ,月ヲトモトシテイトオソロシカラズ。下房ニ入リテノチ又タチイデタレバ,月又クモリニケリ。カクシツツ後夜ノカネノヲトキコユレバ,又峰の房ヘノボルニ,月モ又雲ヨリイデテ道ヲオクル。峰ニイタリテ禅堂ニ入ラムトスル時,月又雲ヲオヒキテ向カイノ峰ニカクレナムトスルヨソヲヒ,人シレズ月ノ我ニトモナフカト見ユレバ,二首
雲ヲイデテ我ニトモナフ冬ノ月風ヤ身ニシム雪ヤツメタキ

山ノハニカタブクヲ見オキテ,峰ノ禅堂ニイタル時
山ノハニワレモイリナム月モイレヨナヨナゴトニマタ友トセム
元仁元年(1224)十二月十二日ノヨルと始まるこの前詞書と歌は明恵上人52歳の時に詠まれています。
雪のある山道を登り下りする中で月が出たり隠れたりする様が鮮やかに描かれます。夜の雪の山道は足下に気を付けるのに明恵上人は山の雪道を照らす明るい月に目を上げています。自分の行く手を知らせる月をただ一人の友とします。この時代の夜はそれこそ電気もないですから漆黒の闇だったでしょう。月は闇を照らす希望という意味もありました。世を捨て,修行を積む身には自然に中に溶け込んでいる自分こそ心許なくも拠り所となっていたと思います。月ばかりが私を見ていてくれる。隠れると世の中は暗くなり,月が出ると世の中が明るくなる。自分もまたその通りの人生だ。歌そのものは稚拙です。しかし,何かその単純さに魅せられるものを感じます。
明恵上人の言葉には自然に絶対的な安心感でもたれかかっている温かさと明晰さがあります。
その自然との一体感を表す絵も残っています。
national1_r1_c4明恵樹上座禅図
明恵上人樹上座禅図

明恵上人を出したのは賢治の心の奥底に潜む「許されなさのかなしみ」から「捨身飼虎」への大きすぎる振れ幅がどのように解消されていったのかを山折哲雄氏が明恵上人をなぞることで読み解いていこうという試みにおもしろさを感じるからです。

明恵も若い頃「捨身飼虎」の話に感動し,利他主義の問題に悩みました。彼は13歳の時に「捨身」願望に取り憑かれ,自殺を試みていたといいます。死体置き場に行って野犬や狼が死体を貪っている脇に彼も身体を投げ出したといいます。このとき野犬は明恵の匂いを嗅いで立ち去ったといいます。まさに「捨身飼虎図」そのままではないですか。そして24歳の時には,自分の耳を切り取るという行為にも及んでいたといいます。これは先に述べた賢治の過激な「自分のすべてを相手に投げ出すというスタンス」に似ていませんか。賢治の一本気の素直に苦しんだ「許されなさのかなしみ」からの答えに似ている部分があります。また,明恵は同様な自分の身体を食べられる夢をみたともいいます。
ところが明恵32歳の初夢に人を喰う恐ろしい虎や狼や犬ではない全く違う犬どもが出てきたそうです。明恵は親の獅子の懐に子犬たちと一緒にふさふさした毛に包まれるという夢をみたのです。

彼の中に20年の煩悶を経て最後にもたらされた「捨身飼虎」という利他主義の極北のテーマに明恵は答えが出ました。その柔らかいお顔が紹介した絵「明恵上人樹上座禅図」には見られます。では何が明恵にそうした悟りの安らぎをもたらしたのか。

ずばり自然に見いだしたのです。「明恵上人樹上座禅図」には右上に鳥が飛び,左上の枝にはリスがいます。生き物が苦しみの彼の友だちとなったのです。獅子は明恵の母であり,その母は自然の万象そのものだったと思います。

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賢治が自然の記録として「春と修羅」を書いたりする行為は,明恵の見いだした自然を通した観察と念仏という接近に似ています。明恵は「山ノハニワレモイリナム月モイレヨナヨナゴトニマタ友トセム」と歌を詠み,自分一人ではない,月を友として生きるという安らぎを感じるようになりました。賢治は自然の中に何を見いだそうとしたのでしょうか。「ある心理学的な仕事」が頭に浮かびます。

ここで最後に國木田独歩が「武蔵野」で引いたツルゲーネフの「あいびき」を載せます。1860年の作品です。この時代の自然に対する観察の仕方が分かるような気がします。自然の描写が美しいです。
自分は座して、四顧して、そして耳を傾けていた。木の葉が頭上でかすかに戦(そよ)いだが、その音を聞いたばかりでも季節は知られた。それは春先する、おもしろそうな、笑うようなさざめきでもなく、夏のゆるやかなそよぎでもなく、永たらしい話し声でもなく、また末の秋のおどおどした、うそさぶそうなお饒舌(しゃべ)りでもなかったが、ただようやく聞取れるか聞取れぬほどのしめやかな私語(ささやき)の声であった。そよ吹く風は忍ぶように木末(こずえ)を伝ッた、照ると曇るとで雨にじめつく林の中のようすが間断なく移り変わッた、あるいはそこにありとある物すべて一時に微笑したように、隈(くま)なくあかみわたッて、さのみ繁(しげ)くもない樺(かば)のほそぼそとした幹(みき)は思いがけずも白絹めく、やさしい光沢(こうたく)を帯(お)び、地上に散り布(し)いた、細かな落ち葉はにわかに日に映じてまばゆきまでに金色を放ち、頭をかきむしッたような『パアポロトニク』(蕨(わらび)の類(たぐ)い)のみごとな茎(くき)、しかも熟(つ)えすぎた葡萄(ぶどう)めく色を帯びたのが、際限もなくもつれからみつして目前に透かして見られた。


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