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雪滴(しづく)

朝と夕方 012-2gs
夜の絵巻

今日は,同じ場所で撮った夜と朝の写真です。

伊豆沼の渡り鳥は10/27現在で,マガンが8万弱,カモ類が1300,ハクチョウが395と出ました。朝霧が立つ夜明けは最高の景色が見られます。

夜に降った雪が冬の明るくさみしい朝の陽差しを浴びて,昼近くから解け始め,屋根に軒先に明るい音を立てた。
その音はどこか規則性がありそうで,その規則を探してもみた。
雪が降った朝はとりわけ障子が明るく真っ白に見える。熱が収まり始め,意識がはっきりと健やかに戻った子どもの私には学校を休んだ罪悪感とともに何か不思議な世界に置き去りにされた思いで居た。奥の竹林から勢いよく竹が雪の重みを跳ね返している音も聞こえた。
雪の滴は遠く近く,歯切れ良く,速く遅く,このからっぽの世界に鳴り響いている。
近くの音は何か痛みを伴うような響きで近寄ってくる。遠くの音は音と音の隙間に入り込んで,恐縮しているようにしゅんとしている。
土に滴る音,石に滴る音,金物に滴る音
熱が下がって冴え冴えとしている私の頭の中にそれらの音は点々と染みを付けるように思われた。


朝と夕方 006-2s
朝の絵巻

こんな雪の解ける滴の音を聞きたいと,一人の男が山の中のさみしい湖のほとりに移り住んだのは24歳の時だった。
野澤一(のざわ・はじめ)という青年だった。彼は,1904年(明治37)山梨県東八代郡一宮町に生まれ育った。隠遁生活を始めた湖は四尾連湖(しびれこ)だった。そして足かけ6年人里にも下りず湖畔で独居生活を続けた。

どうやら大学もあと2ヶ月で卒業という時に「春先の雪解けの雪滴を聞きたい」と言って瓢然と家を出たと言う。そして6年。彼が山を下りたのは29歳の時だった。ソローの「ウォールデン-森の生活-」を読んでのことだった。6年もの隠遁生活を続けた彼が里に下りてきてから,詩作の一部を発表したのは1934年(昭和9)であった。

私は,彼の素直で,飾らない詩を読んで,子どもの頃の雪解けの滴を懐かしく思い出した。

彼が宮沢賢治を敬愛していたことも読んだ後の解説で分かった。
野澤は賢治を読んで,「素晴らしい別の球体の中に彼自身のあくたの世界に叫ぶべきまことと美との宇宙を造ろうとしている」と手紙に書いている。

自然の中に6年も一人で居た野澤だからこそ,自然の深心を説く賢治の心を嗅ぎ分けることができたということだろうと嬉しく思った。

つつじ

つつじの花むしりてありしかば
何にやらむ心さびしく
目をとじて通りぬ
しびれの夕暮の湖辺の小径なりし


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コメント

Re: No title

mitsuさん。
いつも見ていただき,ありがとうございます。
もう栗駒も白一色。長い冬の季節に入りましたね。もう一回だけ行きたいと思っていたのですが・・・。伊豆沼や蕪栗も賑やかになってきました。

No title

こんばんは。
ひと雨ごとに寒さが増しますね。
華やかな紅葉の後は真っ白な季節。
時間の流れにおいて行かれています。
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