FC2ブログ

伊豆沼沼寸景『文学生産の哲学』

沼立木沼の立木
沼は折からの強風で波が続いていました。
 家の庭のあちこちにウメが咲きそろってきました。まだ,帰らずにいるガンを30羽ほど見ました。なんだか懐かしい思いがこみ上げました。サンクチュアリセンター前の前沼にはオオハクチョウ,ハシビロガモ,オナガガモ,バン,シギ,キンクロハジロなどの鳥がいました。
シギシギ
うめ1紅梅
この紅梅。日の光を受けてきれいな色になっていました。
野焼き後野焼きのあと
一週間前,伊豆沼の周りの野焼きが行われました。野ネズミ対策や植生の維持のために野焼きは必要ですね。
うめ2紅梅2
咲いている花は,見る角度で見栄えはずいぶん違います。そして,照明もすごく大切だと思います。
うめ3紅梅3
 花を撮るとき,背景や照明をどうするかを考えてあげることは,人でいえば,子どもに似合う服を探してあげることと変わりありません。植栽の花の雪割草を先日アップしましたが,リビングで白色LEDライトで照明したものです。わたしの好みから言えば,かなりのアップで撮って,しっかり見せるような撮り方が好みです。でもただの好みですから・・・。

今日の本
『文学生産の哲学』P.マシュレー 藤原書店
近いうちにサドの思想を載せたいと思っています。どうしてサドなの?と眉をしかめているあなた。実はマイナーともいえるサドの考え方の重要性を教えてくれたのが,この本です。
 例えば,自然には目的があるのでしょうか。神のつくりたもう自然には一瞬にして人を飲み込む津波や地震もあります。それが神の人間に対する試練と考えると,世界は本当に神の目的に向かっているのかという,とてつもない問題が浮かび上がってきます。サドは自然というのは,無秩序なのだと言いました。一向になくならない無秩序と悪も神がつくったものだとすると世界は成り立たなくなります。サドはエピメテウスのように,無秩序と悪を解放しました。そのパンドラの箱を開けてしまったのです。しかし,皮肉にも無秩序と悪で,世界をそっくり逆立ちさせることで彼の思想は輝き出しました。人間というものの陰の底深さをも日の光のもとに取り出して見せたのがサドなのです。
文学生産の哲学―サドからフーコーまで文学生産の哲学―サドからフーコーまで
(1994/02)
ピエール・マシュレ

商品詳細を見る

クリックしてね。↓にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント