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伊豆沼夕暮れ『虹の理論』

夕景夕景
 伊豆沼北東岸から見る夕景。沈む光が沼面を照らし,オレンジ色に輝きます。久しぶりで見た残照になぜだか燃えるような寂しさを感じました。
 同級生がまた一人亡くなりました。まじめで,無口な同級生でしたが,人一倍働いて家族を大切にし,その果てに亡くなりました。彼はキャッチャーでした。彼の声がまだグラウンドに響いているような気になりました。長年勤めていた出版社からの肩たたきに応えて1月に会社を辞め,そして三ヶ月後に亡くなりました。緊張の糸がとけたのでしょうか。わたしの時代にはまだ集団就職列車がありました。中学を卒業して,上京し働く友達を見送りました。同級会で会うたびに働く彼らの大人の言葉としぐさに,大人になって働くと言うことがこんなに人間を変えていくものだと痛感し,半分悲しくも思いました。彼もその中の一人でした。彼は大人でした。ずっと好きだった野球も続け,死ぬ直前まで小さな子どもたちに野球を教えていたそうです。中学時代の思い出を聞きたいからぜひ来てくださいと78歳を過ぎた彼のお母さんから言われました。しかし,お母さんは出ては来ませんでした。息子の早すぎる死がまだ信じられないのでしょう。彼の写真が回覧されました。だんだんと顔に精気がなくなっていく友達の顔を見ることは辛いものでした。その一方で写真の中の彼の子どもたちはどんどん大きくなっていっていました。
 その部屋に何枚かの彼の賞状が掲げられていました。その中に人命救助の善行褒賞の賞状がありました。11歳のときに溺れている人を助けたのでした。いい友達だったのに・・・。そしていい父親だったのに。

クリスマスローズクリスマスローズ

 今日の本
『虹の理論』中沢新一
 わたしがサドの話を持ち出したりするのは,何も性的なことに特別の興味があるからではなく,「私たちは本当に自由を目指しているのか」という問題に長い間突き動かされてきたからだともいえます。考えることの自由,自分を解放する自由。フランスの思想にその醍醐味があると知ったのは随分昔のことですが,未だに考え続けているのはやっぱりその辺が気になっているからでしょう。サルトル,そしてロラン・バルト,ラカン,フーコーの中に嗅ぎ取った自由への執念が魅力なのだと思います。目先のアイディアや感動で私たちは幾ばくかの自由を享受することはできます。しかし,それは単なる気休めだったと後で感じることも多い今の世の中です。世界を発見していった,17,18世紀にコンキスタドール達(征服者)が新しい事物や思考を自国へ持ち帰りました。それは驚きでした。文明社会が感じた未開社会の自由な思考の発見。これがレヴィ・ストロースなどの文化人類学を生み出しました。中沢新一も,そういった自由を探しているフランス思考の経路を持つ人です。今日の文庫版の『虹の理論』は今年1月に出たものですが,中身は1980年代に初出されていた内容です。
虹の理論 (講談社文芸文庫)虹の理論 (講談社文芸文庫)
(2010/01/08)
中沢 新一

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