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暦面裡書

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さそり座に流れ星  

只今登米市の歴史博物館では「もののけたちの夏」展が開かれています。
もののけたちの夏
なかなかおもしろい視点で楽しめます。
柳田国男が大正9年の8月に宮城にやってきます。そして柳田国男は飯野川,柳津,登米,一関,北上,遠野と北上川沿いに北上していきます。その際に登米周辺を案内したのが南方在住の郷土史家高橋清治郎さんでした。この清治郎さんは柳田がつくった民俗学黎明期に地方で情熱的な研究をしていた中の一人でした。
「遠野物語」の柳田国男,「遠野物語」の話者 佐々木喜善,高橋清治郎,中道等,ニコライ・ネフスキーとオシラサマや座敷童たちが埋もれていたもののけの世界から浮かび上がって来ます。ただのもののけの展覧会ではなく地域に残る事実から掘り起こした展示は登米を語るにふさわしい視点です。先回の企画展「田村麻呂伝説」も優れた視点でしたが,今回もいい視点だなと思いました。是非こちらの方は見てほしいと思います。

さて今日は高橋清治郎さんの残しているものの展示で,あれっと興味そそられた文を紹介します。
柳田国男が高橋清治郎さんの業績で是非出版したいと言っていた本があります。それは高橋氏が登米地方の「暦面裡書(れきめんうらがき)」を整理し,模写している全10冊に及ぶ労作です。「暦面裡書(れきめんうらがき)」とは各家が昔からの出来事を記して代々受け継がれてきた当時の記録で,天文,気象,天災,事件などを記した記録です。高橋清治郎氏はこれらの記録を整理し直して丹念な字で模写をしていたのでした。その中から「宮城県登米郡石森町清野家の「暦面裡書」」の一文です。
延享元甲子年11月(西暦1743年のことです)
長さ十丈程幅貳尺餘り
赤雲東□西へ引出る
ほう子星有、世でうろうせいと云とふり光候事、則月ノ如ク
さきの方いざらいざらとして
ほうき先の如シ此年大嵐来る
甲酉引き続き貳年大ききん也

どうやら1743年に大きな彗星が見えたという記述です。この記録が特筆され,石森の旧家清野家に残っていたのです。
そこで1743年辺りに大きな彗星はなかったかをステラナビゲータで調べてみました。すると,

1744延享元年クリンケンベルク彗星
「C/1743X1 クリンケンベルク彗星」と出ました。この彗星は「シェゾー彗星とか1744年の大彗星」とも言われ, 軌道も太陽のすぐそばを回るようになっており,光度が-3等と出る強烈な彗星だったようです。大嵐,大ききんと彗星出現が不吉な大きな影響をもたらしたと思われます。

そこで更に調べると,佐竹藩佐竹南家「御日記」に,延享元年正月「栗駒山が噴火し、特に仙台領で多く焼けた。仙台領で雷のような音が鳴り響き、石が秋田領の方に崩れた」という文があり,大彗星が訪れた年に栗駒山も噴火爆発するという年にもなっている事に行き着きました。250年も前のことながら暗然とした気持ちになりました。


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