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落日の刻ーくらくらとする赤ー

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落日の刻 8/23撮影 東北本線 新田ー石越

佐々木喜善は昭和3年に出た「東北文化研究」創刊号,「オシラ神に就いての小報告」でこう言いました。

(一年に一回オシラ遊びの時にオシラサマに)「新しい花染めの赤い布」を着せる

「花染めの赤い布」すてきな色だと思います。
遠野物語に出てくるような昔の家に入ると,家の中は薄暗く,その暗さの中に赤い色は実に映える。赤い色は何か人間の根底を覆すような力を持っている。遠野物語の中でも赤い色が出てくると何かが違っているという約束のようにも思えてくる。マヨイガに出てきた赤い椀,赤い巾着の女,赤い顔の河童,ザシキワラシ,女の赤い抜け毛,山男,翁・・・。みんな赤である。
雪女の赤い櫛が薄暗い風呂桶の湯気の中にゆらりゆらりと浮いている
その赤い色が印象に残ります。

そして「山の人生」の冒頭の印象的な赤の話を思い出します。
一 山に埋もれたる人生あること

 今では記憶している者が、私の外には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞(まさかり)で斫(き)り殺したことがあった。

小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。二人の子供がその日当りのところにしゃがんで、頻りに何かしているので、傍へ行って見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧おのを磨といでいた。
おとう、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向あおむけに寝たそうである。
それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落してしまった。
落日の太陽の赤い色にくらくらするのである。そして自分が前後不覚に陥り,何をどうしたのかも分からなくなる。


さて,「ヒステリア シベリアカ」の話。
訳すとシベリアのヒステリーとなります。
19世紀のロシア,シベリアに住んでいる人間に独特の病気があった。女性が罹るヒステリーではなく男,特に働き盛りの男が罹るヒステリーです。
シベリアの大平原の一角に,ある家族が農業を営んで住んでいる。大概が百姓をしている。見渡す限りの広い耕地を耕して夏の間だけでもかろうじて農業をしている。朝は日の出前から夜は星が出るまでひたすら働き続ける。そのように父も生きてきたし母も生きてきた。わたしもそう生きることが当たり前だと思って生きている。都会になど出かけたこともないし興味もなかった。その日も落日まで働き続けて男はふと顔を上げた。シベリアの大地に大きな夕陽がかかっている。なんと大きな赤い夕陽であることか。男はみるみる沈む真っ赤な夕陽を憑かれたように見入ります。
すると突然心の中に不思議な衝動が湧き上がってきて,彼はポッと持っていた鍬を捨てて,夕陽に向かってトコトコと歩き始めた。どんどんどんどん畑を越え,林を越え,草原を越えてひたすら憑かれたように夕陽の方向に歩き続けるのです。どこまで行っても果てがない。やがて行き倒れるのです。またオオカミにでも食べられてしまう。


この不思議な衝動は「山の人生」の冒頭の話と同じように,真っ赤な夕陽の中で突然に「くらくらとして」湧き起こってくるものです。
まるで地球上の風土病のように落日の赤に憑かれてしまう人々。
人の心を「くらくらと」させる落日の赤には気を付けなければいけません。


この話は2015/02/22の記事「赤い誘惑-ヒステリア シベリアカ-」でも取り上げた話を再話したものです。

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