FC2ブログ

ウィルタネン彗星(46P)

DSC_6621-2s.jpg
ウィルタネン彗星(46P) 昨夜12/15

画面左上がスバル。その右下にぼんやりと緑がかったものが写っている。これがウィルタネン彗星(46P)。
ハレー彗星1986や百武彗星1996,へールポップ彗星1995,マックノート彗星2006,パンスターズ彗星2013などが思い出されますね。

このブログでも何回か彗星の記事を取り上げています。例えば76年周期と言われるハレー彗星は先回は1910年ですから宮沢賢治もハレー彗星を見たのではないかという記事等があります。
賢治はハレー彗星を見たのか『宮沢賢治星の図誌』」
パンスターズ彗星 in Izunuma
暦面裡書(「C/1743X1 クリンケンベルク彗星)」

この記事の中にある「暦面裡書(れきめんうらがき)」とは,旧家に伝わる暦の裏などに書き留められたメモや出来事が今でも残されていてその中に彗星も出てきます。今日はそこから見つけた享禄4年の彗星を見てみましょう。この彗星が書いてあるのは「大嶽山興福寺住持覚書」の中です。
享禄四戊子年 ほふき星出る
天正五丁丑年 九月廿九日 大ほふき星出る
享禄四戊子年は西暦で1531年に当たりますが享禄四年は辛卯年であり,戊子年ではありません。戊子年ならば享禄元年1528年になります。1528年か1531年,どちらなのでしょうか。1531年享禄四辛卯年ですとハレー彗星になります。ハレー彗星で調べると
1531年8月26日『公卿補任』享禄4年条に観測記録がある。三条西実隆『実隆公記』によれば、陰陽師の勘解由小路在富が彗星に乗じて怪しげな占文を出した。(鷲尾隆康『二水記』によれば大きな兵乱が起こるとの予言であったが、まともに信じられなかったという。)『明史』「天文志」に観測記録がある。『増補文献備考』「象緯考」に観測記録がある。ヨーロッパに記録がある。
とあります。
興福寺の住持が見たのはハレー彗星なのでしょうか。

もう一つの彗星「天正五丁丑年 九月廿九日 大ほふき星出る」は何と言う彗星なのでしょうか。
天正五丁丑年九月廿九日は西暦で1577年11月8日に当たります。調べてみると
1577年の大彗星
(弾正星) C/1577 V1
1577 I 1577年11月1日 絶対等級−1.8等。絶対等級がマイナスの4彗星の1つ。
日本では松永弾正自決11日前の11月8日(旧暦9月28日)から出現し、弾正星と呼ばれた。
とあります。
その日の夜の星図をステラナビゲータで出してみました。
1577年11月9日
ハレー彗星でした。3等台の光度です。


昔の文献から天文現象を明らかにすることも面白いことですね。
ちなみに彗星の不吉なために改元するということもかなりあったのですね。
嘉元(かげん)
〔相当西暦年〕1303~06(鎌倉時代)
〔天皇〕後二条(ごにじょう)
〔改元理由〕炎旱(えんかん)、彗星(すいせい)による

嘉承(かしょう/かじょう)
〔相当西暦年〕1106~08(平安時代)
〔天皇〕堀河(ほりかわ)、鳥羽(とば)
〔改元理由〕彗星(すいせい)による




にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村
関連記事