FC2ブログ

道続く-封印された時間-百姓一揆覚書き5-

DSC_9245-2gs.jpg
月への道

明治二年一月十八日のことでした。
新田村山崎の時行神社に集まった一揆同志はこのままだと命がもたないと決起した。神社の大太鼓を持ち激しく打ち鳴らした。同志を求める音だった。新田村勝三郎外同村久八,養三郎(勝三郎の父),千葉廣太郎等,新田村牛ヶ澤の権左衛門(牢死),南方村字上ノ原の民助(牢死),同下之原の晴吉(入牢後赦免),同鴻ノ木の重之助,同後屋敷の善蔵,同念光寺の兵之介等であった。翌十九日北方村日向の永田へ行き,次は北浦の齋藤與五郎宅へ行き,早稲田の阿部啓蔵宅で酒など飲んだ。そして,臺の上野彦三郎宅へ行き,夜大嶽山へ登った。篝火を焚いて徹夜,次の夜大聖院之宅に行き,願書を見て写し取り,結局大嶽山に四泊した。この間みるみる人が大嶽山に集まり近隣十三ヶ村総勢数万人にもなったという。後,新田村茂栗の旧仙台藩藩士大町蔵人屋敷に行き,三四宿す。その後も十三ヶ村から集まった代表と話合いが1ヶ月以上続いた。

渴命書
此度屋形様御事東京御慎被為有候由承知仕候、拙者共ニても甚歎ケ敷奉存候、相成丈ハ東京迄拙者共御迎ニ罷登り郡中是非御本領御安堵ニ奉為致上度念願ニ御座候間屋形様より永年来の御厚恩を奉報上度勘弁ニ而郡中壹統佐沼大嶽山へ寄合相立思寄吟味仕候處小昧一統同意ニ御座候間此段如願被成下度御披露奉願上候、且郡中一統ニテ此度之寄合序を以直々出立登(ママ)京仕度勘弁ニ御座候間早速御下知被成下度如此ニ奉願候事  乍恐一書を以て奉願上候御事
意訳案
この度仙台藩が減給になり御屋形様(伊達慶邦)が東京で謹慎させられていることは嘆かわしいことでございます。すぐにでも東京に御迎えに行き,本領が安堵されますよう願い,大嶽山に集まり話合いを致しました。御屋形様への思いは郡中すべての者の思いです。どうかこの願いを聞いていただきたくこの一書をしたためました。

あくまで東京で謹慎させられている藩主伊達慶邦の無事を祈る思いで前文は始まる。
そして本文に入る。長いので何回かに分けて載せます。
一、 三ヵ年以前より御年貢下ケ札不被相渡明細帳も不被相渡何ヲ見當ニ上納可相成哉小昧ニ而不分ニ在之此段御手入御吟味被成下度奉願上候①
一、 去年大不作大水損ニ相成候處余郡ハ御買米壹圓無之當郡斗御割付上納相成候間此段も御吟味被成下度奉願上候事②
一、 高壹〆文ニ付代拾八文位ニ諸償相懸り連々難渋仕候間此段も申上候事
一、 肝入衆寄合之節御郡宿ニて酒肴ハ不及申麦蕎麦等過分諸入料かかり候間此段も申上候事④
一、 去年より秋迄三ケ度調達金御割付ニ罷成上納仕候處彌御趣意ニ可有之候哉此段も奉伺上候事⑤



にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村
関連記事