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銀河鉄道の起こり

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春の光感じられる今朝のさんぽ道

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は賢治作品の中でも最も美しく燦然と輝いている。
大人の世界にも十分に通用する作品だと断言できる。そしてその価値はなんと夏目漱石以上と見ている(怒られるかもしれないが)。夏目漱石は近代化というものを近代化した人間に確かに言い換えてきた。西洋の思想との違和感も描くこともできた。その点では日本人の西洋化の姿を描ききったと言える。一方「銀河鉄道の夜」はまさに近代化を体現しようとした東北人が描いたという点に価値がある。それもイメージを昇華させたファンタジーとしてである。文章から溢れる抒情やイメージはまさに夏目漱石以上と言える。まあ,比べようもないことだが・・・。
私はこの大作に見合う見識が備わったら何か述べたいと思ってきた。一賢治ファンとしては「銀河鉄道の夜」は究極の体系化された最も畏れ多い作品なのだ。小昧がちくちくと部分だけを拾い上げて述べたりしても失礼なことだと思ってきた。しかし,そんなことを思っているうちに私も齢を重ね,また後でとか言っている場合ではなくなってしまった。

まず「銀河鉄道の夜」が賢治自身によって語られたのは大正13年12月にイーハトーヴ童話『注文の多い料理店』が世に出て,その出版記念の席上だと言われている。もう初稿が成立していたと思っていいだろう。そして翌年大正14年(1925年)賢治29歳の正月,異途への出発となる三陸旅行に出かけていく。とすると,銀河鉄道の夜の成立と時期的にもすぐ訪れる三陸への異途への出発が密接な関係にあると十分思われる。つまり三陸旅行では何かしら銀河鉄道の夜の描写について突き止めたかったために三陸旅行に出かけたのだと考えてもよいはずである。

先日私が図書館でコピーを頼んでの待ち時間に今野勉の「宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人」 単行本 – 2017/2/28新潮社をぱらりとめくっていた。するとやはり銀河鉄道の夜と三陸旅行でケンタウル座が見えたのではないかという予想を立てていた。ケンタウル座の見え方などが作品の中に反映されてきていると第7章 「銀河鉄道の夜」と怪物ケンタウルスで語っている。
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今野勉の「宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人」2017/2/28新潮社

結果はどうでしょう。日の出寸前に晴れていたら賢治はケンタウル座は見えるのである。その朝の星空です。
異途への出発ケンタウル座
1925年(大正14)1月7日日の出直前6時の星空
銀河鉄道の夜にはもちろん「四、ケンタウル祭の夜」という章もありますし,検索すると「ケンタウル」という言葉が7回出てきます。
「四、ケンタウル祭の夜」の中で時計屋にある星座板に見入るシーンがあります。その星座板の「まん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。」
そしてその星座板の描写です。「いちばんうしろの壁には空ぢゃうの星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に書いた大きな図がかかってゐました。ほんたうにこんなやうな蝎だの勇士だのそらにぎっしり居るだらうか、あゝぼくはその中をどこまでも歩いて見たい」と思うわけです。この中の「ふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形」「蝎だの勇士」を確かめるわけです。ここでもう一度賢治が北三陸を旅した1月7日夜明けの星空の星座を見て下さい。この記述の中の「ふしぎな獣」「蛇」「蝎」「勇士」が出てきます。そして勇士はケンタウルのことです。

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春の予感

ここで注目したいことは「四、ケンタウル祭の夜」の中の引用した部分が《最終形で追加された文》だということです。この部分だけを引用します。
ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。
 それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですがその日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出てゐるそらがそのまゝ楕円形のなかにめぐってあらはれるやうになって居りやはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったやうな帯になってその下の方ではかすかに爆発して湯気でもあげてゐるやうに見えるのでした。またそのうしろには三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄いろに光って立ってゐましたしいちばんうしろの壁には空ぢゃうの星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に書いた大きな図がかかってゐました。ほんたうにこんなやうな蝎だの勇士だのそらにぎっしり居るだらうか、あゝぼくはその中をどこまでも歩いて見たいと思ってたりしてしばらくぼんやり立って居ました。
 それから俄かにお母さんの牛乳のことを思ひだしてジョバンニはその店をはなれました。そしてきうくつな上着の肩を気にしながら、それでもわざと胸を張って大きく手を振って町を通って行きました。
この部分は原稿の13葉の後半が消されて,この部分が追加されたのです。それが原稿14葉になっています。

これらの具体的なケンタウル座付近の星座の記述になったのは賢治が異途への出発三陸旅行で何かしらの確信を得て書き換えられたのではないでしょうか。こう考えることは自然です。
つまり銀河鉄道の夜の最終形に追加されて書き換えられた部分に三陸旅行の成果が現れ出ていると考えることができます。この考え方で最終形に追加された他の箇所を三陸鉄道の旅と照合させていく作業がどの程度の効果を得るか,それはまた続きで行います。

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さんぽ道の朝


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