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飛翔の夢3「春と修羅」

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青い池

今日は北海道での写真に乗せてまたつらつらと考えたことを宮沢賢治の作品を傍に置きながら喋ってみようと思います。
「春と修羅」のことを敢えて詩集ではなく心象スケッチだと言い張る賢治ですが大正十三年一月廿日に書かれたという「序」を読むと賢治が気にしている点が繰り返されていることに気付きます。その部分を抜き出します。
①風景やみんなといつしよに
② (すべてわたくしと明滅し/みんなが同時に感ずるもの)
③ それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで/ある程度まではみんなに共通いたします
④ (すべてがわたくしの中のみんなであるやうに/みんなのおのおののなかのすべてですから)
⑤ 正しくうつされた筈のこれらのことばが/(二行略)/すでにはやくもその組立や質を変じ/それを変らないとして感ずることは/ 傾向としてはあり得ます
⑥けだしわれわれがわれわれの感官や/風景や人物をかんずるやうに/そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに/記録や歴史、あるひは地史といふものも/それのいろいろの論料(データ)といつしよに/(因果の時空的制約のもとに)/われわれがかんじてゐるのに過ぎません
⑦すべてこれらの命題は/心象や時間それ自身の性質として/第四次延長のなかで主張されます
さらに縮めてみますと
①「みんなといっしょに」
②「みんなが同時に」
③「みんなに共通いたします 」
変質しているのにそれを⑤「変わらないと感じる傾向」
⑥「たゞ共通に感ずるだけであるやうに」
これは私たちの感じたり考えたりする認識というものが因果の時空的制約によってある自由さが妨げられている,その認識の枠を使ってしか感じられない世界にいることに私たちは気を配らねばならないと主張しているようです。まるでカントの「アプリオリ」や「物自体」を彷彿とさせることに気付きます。そして「春と修羅」に提出された世界はこれらの認識論を越えるための方法だと言っているようです。もちろんそのことについてはみなさんも異論はないと思います。

ということはこの感じ方以外の世界が広がっていることを暗示していて,そんな制約を取り払えば自由な,まるで死んでしまった妹のトシのいる世界も達観できる世界認識論が成立するように賢治は考えていたようにも思えます。その世界とはどんな世界なのでしょうか。それを作品化したのが「春と修羅」なのだということです。だから様々な単語が飛び交い,突然難しい専門用語ジャーゴンも入ったり,脈絡もなく「飛躍」が生じたりするスタイルとなる,それ自体が自由で新しい世界を認識するための書き方,感じ方なのだと言っているようです。

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落日の刻

こうした賢治の新しい世界を指向する表現の在り方は今思えば別段新しいものではなく創造するという仕事の当然の構えでしょう。同時代のアンドレ・ブルトンの提唱した超現実主義(シュールレアリスム)も,物と物との新しい出逢いから発せられる火花のような超現実を表現していたし,フロイトも「無意識の世界」を創りあげたそんな時代に賢治もいたのです。

ただこの表現の自由への試行の中で繰り広げらる手法に注目したいです。
それが「飛躍」です。様々な単語が飛び交い,突然難しい専門用語ジャーゴンも入ったり,脈絡もなく「飛躍」が生じたりするスタイルを私は「飛躍の妙味」と感じています。文章という意味は飛躍だと言われます。つまり置き換えること,心象を言葉に置き換えること。置き換えることでしか成り立たたない自分というもの。最初に自分という変化しないもの(本質)があるのではなく,たえず明滅し,変態することで形象も変わること。それが「飛躍」です。まるで魂が次のものに憑依するように飛躍し,形態も変化していきます。本地仏は権現して神の姿として現われ,前世に人間だった馬は現在の馬の形を借りて人に話しかけてきます。生々流転の意であり,輪廻転生の意です。賢治がベジタリアンになったきっかけが屠殺場の見学だったという話があります。屠殺場で受けたショックを書いています。
賢治は大正7年(1918)5月19日付,保阪嘉内に宛てた手紙に書きました。
私は春から生物のからだを食うのをやめました。
賢治は春に高等農林を卒業し,関教授のもと稗貫郡土性調査に出かけ,徴兵検査で第二乙種になったのでした。高等農林に残り,実験指導補助嘱託という身分でした。
もともと卒業前から菜食に転じていたのでしょう。土性調査で泊まった旅館で出される刺身や茶碗蒸しを「社会」通念上いやいや食べざるを得なくなって食べたことも書いてあります。肉や魚を食う同僚は,「まずい」だの,「違うのを食べさせろ」「鶏を出せ」だのと文句や不平を言ってばかりいる。最後には誰かが宿屋に偉そうに「こんなもてなしでは金を払わんぞ」と息巻いたりするわけですから賢治もいやになったりしています。そんな態度に嫌気が差しています。
賢治にとってはどんな生き物でも命は命。大きい小さいに変わりなく,平等で食う食われるという関係ではあり得ない。人だからと言って無闇に生き物の命を文句を言いながら食べる権利はどこにあるかと怒ってもいるわけです。自ずとこうした心持ちで生活していますから,主義として菜食主義になるべくしてなったということなのでしょう。おまけに手紙では嘉内と一緒に見た豚の屠殺場の現場がまざまざと眼に浮かんできたのでした。悲しくて仕方がない。でも泣くなと自分に言い聞かせます。
そして全てのかなしい生き物の成仏のために,自分は山々を,そして自然の一切を書くのだと言います。

この考えは「ビヂタリアン大祭」にそのままに現れています。
総ての生物はみな無量の劫の昔から流転に流転を重ねて来た。流転の階段は大きく分けて九つある。われらはまのあたりその二つを見る。一つのたましいはある時は人を感ずる。ある時は畜生、則ち我等が呼ぶ所の動物中に生れる。ある時は天上にも生れる。その間にはいろいろの他のたましいと近づいたり離れたりする。則ち友人や恋人や兄弟や親子やである。それらが互にはなれ又生を隔ててはもうお互に見知らない。無限の間には無限の組合せが可能である。だから我々のまわりの生物はみな永い間の親子兄弟である。
賢治は自己対話のようにしてこの作品を書いています。結局,宗教でも,神にとっての善でも,マルサスの人口論でもなく解決せず,果てしもない生命の歴史の中では様々に現在現れ出ている現象は事実で,真理である。あるのは,魚や豚や人間という現象の違いだけで,生き物としての関係性は絶体だと言います。今ここにある命は存在している自体で絶体であって,例えばクロアゲハの成虫だけでなく,毛虫としての幼虫であっても絶体的な存在としてあると賢治は考えているようです。これらの山川草木禽獣鳥魚すべてが苦界から抜け出ようとしている。この絶体平等性に基盤を置いて,「かなしき生き物」すべての成仏を祈ることが正しき道なのです。拙記事2017/08/10「二人の菜食主義者-賢治と悟堂- その2」からの引用
賢治の「飛躍の妙味」の一つはこうした「全肯定」の構えからも現れ出ています。

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雲間からの光

この創作活動の本質とも言える「飛躍の妙味」はどのようにしてつくられてくるものなのでしょうか。一つには賢治自身のこの世への投げ出し方です。言わば世界に向き合っている自分の精神性です。もう一つはこれは技法的なことになるでしょうけれど「アブダクション」のユニークさでしょう。アブダクションとは何か。簡単に言うと隠れている関係性を新しい視点で構築する力です。ものをつくる活動では大切な力だと思います。発想力と芸術性と言ってもいいでしょう。賢治はそんな「アブダクション」の力が秀でていたと思います。おさらいしてみましょう。
アブダクションという思考は何も特別な思考ではありません。むしろ私たちが日常行っている考え方そのものがアブダクションと言っていいでしょう。ある新しい事実を発見する思考です。科学史を塗り替える程の,パラダイムを転換するほどの大発見もアブダクションということができます。シャーロックホームズは観察した事実から新しい事実を発見する思考,アブダクションの手練れであったと言えます。
われわれが何かを発想したり仮説しようとするとき、つまりは思考を開始するとき、まず先行的にアブダクションをしているのだろうとみなした。しかるのちにその第一次的なアブダクションによるおおざっぱな仮説が、それと関連するであろう観察事実とどのくらい近似しているかを帰納させたり、そこに必然的な帰結がありそうならば演繹的分析をおこなっていく。
しかしパースは、そのような帰納も演繹も実はアブダクション(第二次アブダクションや第三次アブダクション)にもとづいているのではないかとみなしたのだ。つまりはすべてはアブダクションに始まり、アブダクションに包まれていると見た。
                                 『パース著作集』を語る松岡正剛「千夜千冊」
パースの際立っている点は論理学に依りながらも人間の思考全体を「アブダクション」という生産活動として捉えた点です。帰納,演繹,シニフィアンとシニフィエ,イコン,三段論法,仮説,シンボル,インデックスという論理学が作り出したものをスルーして目的に辿り着く強さと柔らかさをパースの考え方は持っています。
「注意がたしかに後続する思考に大きな影響をおよぼすことを知る」この言葉はパース自身の言葉です。しかしシャーロックホームズと全く同じ言い方です。つまりアブダクションに始まって,アブダクションに終わるのです。

これらについて人や銀河や修羅や海胆は
  宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
  それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
  それらも畢竟こゝろのひとつの風物です

「春と修羅」序の一節からの引用です。
賢治スタイルは「アブダクション」に集約されるような「連想の飛躍の妙」です。
最後に私が最も好きな始まりを持つ「青森挽歌」 からです。

 こんなやみよののはらのなかをゆくときは
 客車のまどはみんな水族館の窓になる




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