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夕暮れの田んぼの色『春と修羅』

夕暮れ田んぼに水が入り,空の色を写すようになりました
夕暮れ2田植えが始まりました。水を張った田んぼが遠くまで続きます
夕暮れ3木々の間から水田を見れば,明るく輝きます。

 いつもとはちょっと違う夕暮れを見てみたいと思い,山のてっぺんに行きました。
 田んぼにはほとんど水が入り,薄暮の空の光をそのままに写していました。改めて高いところから見ると,ここは穀倉地帯なんだなと感じさせられます。夕闇の果てまでも水田が広がっています。減反があるとはいえ,人間というのは本当に勤勉で,空いている土地を少しの無駄なく使おうとする態度に頭が下がります。そんなことを考えていたら,美しい水田の風景が瞬く間に夕暮れに沈んでいきました。

今日の本
『春と修羅』宮沢賢治
このところずっと宮沢賢治の作品を取り上げていますが,今日は『春と修羅』です。それも賢治は稲や田んぼをどう描いていたかを確かめながら読んでみました。すると「あれ!」と思うことに行き当たりました。賢治の詩に,あんまり田んぼや稲についての喜びが感じられないんです。むしろ田んぼや稲が苦労の元みたいに賢治は書いているんです。なんか賢治は農業を目指しながら好きじゃなかったんじゃないかと思われもしてきます。というのも,田んぼにいて気持ちいいとか,野良仕事をしながら,ちょっと休んだ田んぼの自然に癒されている感じの詩がほとんどないからです。
稲穂の擦れ合う音や水田に渡る心地よい風とか,黄金色に輝く穂波とか,嬉しさや豊作を期待させる希望の稲作の様子などが謳われていないからです。

豊かな稔りを願へるままに/二千の施肥の設計を終へ/
(「野の師父」作品1020)
確かに旱害,凶作が多かった時代ではありました。そして賢治もがんばりました。教員も辞めました。しかし野良仕事のしばしの天からの恵みを安らぎとして感じなければ,賢治自身も辛い仕事もやりきれなかったのではないでしょうか。これほどに数が多い『春と修羅』の作品群に天の恵みを謳う作品が少ないことは残念にも思います。こんなところに賢治の農業への考え方が浮き出て見えているような気がしています。

新編宮沢賢治詩集 (新潮文庫)新編宮沢賢治詩集 (新潮文庫)
(1991/07)
宮沢 賢治天沢 退二郎

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