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新・遠野物語-蛇神の行方8「蛇髪譚の起こり」-

ミズバショウ 188-2s
荒沢湿原

先回は説教節「苅萱」を取り上げ,加藤繁氏の出家発心の動機に,その妻と妾の互いの嫉妬で髪が蛇と化し,いがみ合い,喰らい合うというシーンが付け加えられたと言いました。このエピソードが付け加えられることで繁氏の出家発心の理由が更に明確になり,説得力のあるリアリティーが話の筋に生まれていきました。女の髪の毛が蛇となり,互いに争い,喰らい合うというエピソードは「蛇髪譚」として,語り,浄瑠璃,歌舞伎,そして聖や絵解きによって全国津々浦々に室町時代以降に広く定着していった流れが伺えます。今日は堤邦彦の論文「近代仏教説話の研究-唱導と文藝-」を辿る形で「蛇髪譚」の起こりを見てみたいと思います。まず「蛇髪譚」が出てくる話を一遍の出家発心の逸話からもう一度確かめておきましょう。
若い頃の一遍には二人の妾がいた。二人とも美しく心優しい性格をしており、一遍は両人を同じ位深く寵愛、また妾同士も仲良くしているようであった。しかしある日二人が碁盤を枕にうたた寝していると、突然二人の髪が立ち上り小蛇となって食い合った。それを見た一遍は刀で蛇同士を切り離し、執心や嫉妬の恐ろしさを知って出家したという
この話と同様な話が見られます。まずは論文の中から年代順に書き拾ってみます。

NO  物語名 作者    和暦   西暦 備考
1 曽呂利物語 不明   寛文三   1663 万治年間成立
2 京雀        浅井了意   寛文五   1665
3 嵯峨釈迦御身拭   元禄十三  1700 構成は苅萱,蛇髪譚を挿入
4 一遍上人直談鈔   正徳四   1714
5 苅萱桑門筑紫𨏍 並木宗輔
               並木丈輔   享保二十  1735 大当たりを取る
6 道成寺霊蹤記 礼淵編   寛延二    1749
7 播陽万宝知恵袋 天川友親編  宝暦十 1760 天正元年の出来事と記述
8 昔語質屋庫 滝沢馬琴   文化七年 1810 一遍上人を苅萱道心と作りかえたるなるべし

上記以外にも「蛇髪譚」がエピソードとして出てくるものがたくさんあります。
最後に出てきた滝沢馬琴も「苅萱」物を書いていますが,「昔語質屋庫」(文化七年,1810)の六章で「蛇髪譚」に触れ,「この別府通秀入道(一遍上人)を加藤重氏(苅萱道心)とつくりかえたるなるべし」と言っています。つまり「苅萱」は,一遍上人の発心出家の話を土台にしてつくられたのだと言っています。そして場面設定はある時には女二人が双六盤を介してだつたり,碁盤だったりすると場面の違いにも言及しています。そして論文を書いた堤邦彦氏は,この蛇髪譚と一遍伝との関係が公になったのは2 「京雀」 浅井了意  寛文五 1665であり,同じ話が「九条年代記」延宝三1675にあると言います。

では一遍伝の「蛇髪譚」が原型かと言うと,他の一遍の伝記には見当たらないのです。見当たらないどころか一遍自身が二人の女を囲っていた話がその後,一遍自身に起きたことではなく縁者に起こったことを一遍が目撃したという伝聞型に変化していきます。どうも後で俗伝を加えたとも考えられます。では本当の蛇髪譚の起こりはどこにあるのでしょうか。これは高野山の出家物語だけではなく広く市井にもあったらしい「二妻狂(ふためぐるい)」の地獄絵として説話のテーマとして描かれてきた経緯があったのです。例えば次の写真を見て下さい。

富士の人穴草子
「富士の人穴草子」慶長八年1603 絵の真ん中に二匹の蛇に巻かれた男が描かれている

市井に暮らす俗人にとっても二人の女を持つことは地獄の一つだったようです。この「二妻狂(ふためぐるい)」というイメージが一遍の出家譚や「苅萱」に援用されていきます。滝沢馬琴は「蛇髪譚」の原型は一遍の出家譚にあると言いましたが,すでに古くから「蛇髪譚」は邪淫の罪科としての唱導文学や絵解きで広められていたのでしょう。絵解きというのは絵にした説話や地獄絵,曼荼羅などを使い,分かりやすく説明しながら仏教の功徳を教える方法です。市が立った街角でも広く行われていたのです。

籠耳から絵解きの図
「籠耳」(貞享四1687)から地獄絵で絵解きをしている図

絵解きは何も僧や尼僧が行わなくても一般人が行ってやがて職業化していったそうですから寄り合いなどで,絵解きは気軽に頻繁に行われていたかもしれません。また注目したいのは,名所図会などの観光ブームに乗って全国五大弁財天めぐりとか,七観音めぐりとか,絵解きと同時に最新の観光情報などもセットになって人々に知らされていたようです。更に文藝面では歌舞伎,浄瑠璃,和讃等の歌いなどでより大衆化され,「蛇髪譚」はますます全国津々浦々の人々の心に深く浸透していったと思われます。地獄に現われていた蛇はやがて弁財天と結びつき,福徳財の象徴と変身し,そして江戸時代,巷の観光ブームの蛇の信仰はより深まりを見せていったのでしょう。

ミズバショウ 058s
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