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映画「ドクター・スリープ」を観る

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夜歩く

実はあの「シャイニング」から40年経った続編「ドクター・スリープ」というふれこみに惹かれて,観たいと思っていた。
まず「ドクター・スリープ」の「ドクター」とは,「シャイニング」に出てきたダニーという超能力(シャイニング)を持った子供のことである。ダニーはニックネームで「ドクター」と呼ばれていた。そのダニーがあれから40年経っていたという設定で「ドクター・スリープ」は始まる。

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レッドラム。レッドラムとダニーが叫ぶ。「REDRUM」鏡に映れば「MURDER」

そして見終わった今では1980年の「シャイニング」というキューブリックの作品が実にアバンギャルドで,時代から抜きんでていた映画だと改めて感じ入ってしまった。「シャイニング」の完成度はもうただ怖がらせるためのホラーの次元を遥かに超えていたとつくづく思った。キューブリックは究極の現実を作り出す映画監督であり,イマジネーションを極限まで外在化させる技術を持った映画監督だったのである。現実を緻密に創りあげることで,それ自体がホラーになるという徹底した映像主義で貫き通した映画監督だった。(何もこの作品だけでなく例えば「2001年宇宙の旅」を思い出せばすぐ分かることだ)原作はキングにありながら,映像としては原作者を超えていたと感じる。映像のリアルさを完全に突き詰めた作品が「シャイニング」だったのである。よくよく考えみれば,アンドレイ・タルコフスキーの「惑星ソラリス」とキューブリックの「2001年宇宙の旅」という二作品は宇宙という空間を緻密な思想の集合体として組み立てた。この二つの作品が似ていることは偶然ではないような気がする。二人とも映画に対する考え方が同じではなかったかと思わせる程似ている。どうも物語は筋(ストーリー)ではなく徹底した映像の積み重ねと感じていた節がある。歴史のドキュメンタリーを作るようにフィクションを組み立てるのである。

作品の舞台となるオーバールックホテルとホテルの裏にある生け垣の迷路などのセットは,キューブリックだからこそ選べたものだった。ただの表面的なお化け屋敷などをはるかに凌ぐリアルな現実が彼によって用意された。そしてホテル内に敷き詰められた迷路デザインのカーペット。そのホテル内は完全なシンメトリーが気が遠くなるほど繰り返され,遂には自分が何階の何処にいるのかさえ分からなくなる構造になっている。秩序がありすぎて迷うのである。鏡面に映り込むシンメトリーが果てしもなく繰り返され続けるのに似ている。まるで夏目漱石の「明暗」に出てくる建増しに建増しを重ねた旅館に似ている。風呂から自分の部屋に戻れなくなるような旅館である。こうした空間づくりがまず「シャイニング」で成功している。それを引き継ぐ「ドクター・スリープ」の世界も完全に秩序化された硬質な数学的な世界の中にこそ狂気が存在することを語る。その点で軟体物(蜘蛛の巣,風,垂れ下がる天井,着物を着崩した女など)のはびこる日本的な感覚のお化け屋敷とはまったく違う。キューブリックの作り上げるオーバールックホテルは魔物が入り込む隙間もなく,ゆらぐものは何もない大伽藍なのである。完全にゴシックホラーを現代的に可視化できているものがホテルと生け垣なのである。キングの原作では生け垣の木々が動物のように動くらしいが,キューブリックはそんなことをしなくても現実だけで人間は十分に追い込まれると演出した。全く正しい。人を不安にさせる環境(例えば生け垣の迷路)さえあれば,人は簡単に狂気へと入り込む存在なのだ。その点でホラーというのは予想しない者(何か)が外部から襲ってくるという陳腐さを超えて,いくばくかの常識のはしごを取り外すだけでよいと考えるキューブリックのホラーこそ王道だと思えてくる。

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さて,子どもだったダニーも40年も経ち,やはり父と同じアル中と闘いながらひっそりと超能力(シャイニング)を眠らせようと(スリープ)生きている。しかし,連続子ども殺人事件が起き,解決に向かわなくてはいけなくなる・。封印された箱の中の魔物達がオーバールックホテルで目覚めることとなる。この封印された過去や魔物,邪悪な者はパンドラの箱が開くように復活する。封印とは復活のための道具でしかない。邪悪なものは解き放たれる。この神話は現代でも変わることがない。その点で「ドクター・スリープ」は普通のドラマと変わりなくなった。むしろ,名作「シャイニング」の後光を受けて現代に輝き続けているようにも感じられた。
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