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何もする気にもなれない。ただここに。『眼にて云ふ』

鱒淵蛍

 昨年の写真です。
 ホタルを撮影した後,わたしは家へ帰る気にもならず,川の音が少し小さくなる道ばたに折りたたみ椅子を出して星を眺めました。ホタルはもう寝静まってしまいました。とてもきれいな天の川です。人は待っていた景色に出くわすと不思議と写真を撮る気にもなれないのですね。ただぼんやりと星を楽しみました。

 ただこれだけでいい。ここにこのようにいるだけでいい。

 わたしは何もする気にもなれないような無悦の境地に立つためだけに,彷徨い歩いているのかもしれません。もうカメラにも夜露がつき始めています。

今日の一編
『眼にて云ふ』宮沢賢治
何もする気にもなれないという心境はあきらめと云うこととこれ以上のことは望まないという満足の心境と同居して現れ出てきます。賢治の『眼にて云ふ』はこの二つの心境が見事に重なり合っているのがわかります。気に病むあきらめに似た心境とただテレビのように他人事のように映る窓から見える青空。この詩の最後の三行はかすれていく自分の疾駆した人生の走馬燈でしかありません。星空を前にして私はこれ以上のことは望むべくもないとあきらめに似た心境に陥るのです。
   だめでせう

   とまりませんな

   がぶがぶ湧いてゐるですからな

   ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから

   そこらは青くしんしんとして

   どうも間もなく死にさうです

   けれどもなんといゝ風でせう

   もう清明が近いので

   あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに

   きれいな風が来るですな

   もみぢの嫩芽と毛のやうな花に

   秋草のやうな波をたて

   焼痕のある藺草のむしろも青いです

   あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが

   黒いフロックコートを召して

   こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば

   これで死んでもまづは文句もありません

   血がでてゐるにかゝはらず

   こんなにのんきで苦しくないのは

   魂魄なかばからだをはなれたのですかな

   たゞどうも血のために

   それを云へないがひどいです

   あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが

   わたくしから見えるのは

   やっぱりきれいな青ぞらと

   すきとほった風ばかりです。

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