2023/03/17
すずめの戸締まりからのメッセージ

後ろ手に扉は閉めること 「すずめの戸締まり」公式HPから
とうとう昨日で北へ帰るハクチョウや雁の姿が空から消えた
ただ開け放たれた春の霞がかかった空ばかりとなった
もういくら呼びかけても,手を振っても届かない
わたしの記憶に彼等は生き続けても,彼等の記憶にもうわたしはないのだと思う
そのように私たちはもう戻れない世界に生き続けている
しかし,答えは意外と簡単だ
彼等は秋にまた数千㎞を越えて命がけで戻って来る
考えてみれば,「すずめの戸締まり」という映画も,遠くに行ってしまった者と今いる私たちとの間に喪失と別離ばかりではない新しい関係は築けないかという自問に似た哀しさにもがいていた。

大川小学校で雨ニモマケズ 新北上大橋から満月が沈む図
扉がある。どこでもドアである。イザナギもこのドアを使った。愛する者に会うために。
しかし,このドアを開けたままにしておいてはいけない。常世の国の禍事(まがごと)がこの世に出てくることになる。トンネルでもいい,隧道でもいい,穴でもいい。そこここに異世界への入口があることはずっと昔から言われてきたことだ。そんな扉を後ろ手で閉じて,しっかり鍵を掛けることが大切なのだと新海誠監督は言っている。これは,もう表面的には,私たちの住んでいるこの世と,常世の国や黄泉の国との交流を一切閉ざすのだという設定に見えてしまう。しかし,そんな表面的なことだけではないということを新海映画を観てきた私たちは知っている。あくまで私たちは震災で失ったものの大きさに苦しんでいる今を辛うじて生きている。この世に投げ出されたままになっている自分のトリセツすら見いだせないでいる。よく口々に絆と言われたが,失われたものはその絆であったことを忘れてはいない。震災ですっかり壊れた関係性を一体どうしたらいいのか。もっと幸せにしてあげたかった家族に,後悔ばかりで置き去りにされた自分をどう許す術があるというのか。

母の残した椅子 「すずめの戸締まり」公式HPから
「君の名は」を思い出す。
山深い田舎の町に住む女子高生,三葉(みつは)と東京の男子高生,瀧。二人は入れ替わる。ここに新海監督が見出そうとする世界があったことをもう一度思いだそう。全く見知らぬ同士が知り合うということ。そこには被災者と非被災者,不幸と幸せ,善と悪,他者と家族といった二分法ではない,むしろ他人同士が,等質で,隔てるものがない交通可能な世界を描こうとしていたのではなかったろうか。むしろ交信不能という環境で生きている者同士だからこそ,そこに交信を見出そうとする試み。
ひょっとしたら私も震災の起きたあの場所にいたかも知れないという思い。津波のあったあの場所の記憶を時間を措いて訪ねた自分が,震災の時の声に耳を傾けようとすること(実際に「すずめの戸締まり」の映画の中では,その時の現場にいた人々の声がポイントだった)が存在の同時性を可能にさせる。わたしは,あなたです。あなたは,わたしです。
この世の区別,差,時空の違い,環境の差,私たちを隔てて自由にさせてくれないものを一気に越えようともがく試みが,新海監督の目指すものだったと言える。

夕暮れの光
烈しい吹雪の現実から,一転して静かな,風の音ばかりの小さい花が咲き乱れる星空へ。
そして未来の自分が過去の自分へ「大丈夫,生きて行ける」と椅子を差し出して励ます
映画のことを思い出そう。死んだ母親が夢でも,回想であっても今の生きているすずめの前には一切現れ出てこなかった事実を確かめよう。それが新海監督の厳しいこれからを生きようとする私たちへの決意のうながしだと思う。死者は簡単に扉を越えて私たちの眼前に現れ出たりはしない,私たちに道を指し示したりもしない。死者は,ただ私たちの記憶の中で「大丈夫だ」と言い続けるのみである。
今でも私たちはこの世界に正しい意味を見いだせないまま,放り出されたまま生きている。
「すずめの戸締まり」という映画は,この世から逃げることなく今の震災を描くことで,現代社会にコミットし続けている。素晴らしいと思う。ただひとつだけ,おしい点があるとすれば,作品の中の「みみず」があまりにも強く覆ってしまったことで新海監督の得意とするかすかな声を聞こうとするナイーブさに欠けてしまったのではなかったかと心配している。あまり商業ベースのマーケティングに振り回されないように,自分の思う映画をつくっていってほしいと切に願っている。
追伸
伊豆沼読書会の皆様へ
21日は伊豆沼,内沼のクリーンキャンペーンに参加します。
21日8時30分登米市サンクチュアリーセンターでお待ちしています。長靴,軍手等の準備をお願いいたします。終了後,交流会を持ちます。お楽しみに。

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