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発音が横滑りする転訛の例-「ショウトク」という名のめぐせ(醜い)わらす-

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今朝の伊豆沼

「かま神」を取り上げたいと思います。「かま神」は宮城県から岩手県にかけてかまどの所に祀られていた木や壁土でつくられた男の神さまです。かまどある柱の上に祀るので「かまど神」と称され,火の神でもあります。

特にこの竈神は東北地方,その中でも宮城県北部と岩手県にだけ集中しています。不思議なことです。話には,へそをいじると金を出すめぐさい(醜い)童(わらす)が登場します。その童の名前がまたいろいろなのです。「ショウトク」「ショットク」「ヒョウトク」「ヒョットグ」そして最後には更に発音が横滑りを起こして「ヒョットコ」にまでなります。本当の名前は何なのでしょうか。

内藤正敏の論文「東北竈神のコスモロジー」(『東北の聖と賤』所収)では,宮城県では「みにくい子どもを,ショウトク3件,みたくねぇ顔付きの童,ショウトグ,ショウドグ」と呼ばれています。内藤氏は,「ショウトク」という呼び名についての起源を,聖徳太子の「ショウトク」ではないかと言っています。つまり聖徳太子信仰との結びつきです。

本当にそうでしょうか。まずはその昔話を聞きましょう。
芝刈りの爺さまが山の大きな穴に住んでいた白髪の翁から,醜い顔でへそばかりいじっている童をもらってきた。爺が火箸でへそをつつくと金の小粒が出てきた。
一日に三度,金の小粒は出てきて爺さまの家は大金持ちになった。しかし,欲張りな婆さんがもっともっととつついて,とうとう童は死んでしまった。爺さまが悲しんでいると童が夢枕に現われ,「おれに似たお面をつくって竈の前の柱にかけていれば,金持ちになる」と言った。その通りにしたらまた金持ちになった。童の名は「しょうとく」といった。
今日取り上げたいのは,ここに出てきた童(わらす)の「しょうとく」です。違う話では「ひょうとく」となっています。微妙に名前が違うのです。
この類の話には登場する童(わらす)が「ショウトク」「ショットク」「ヒョウトク」「ヒョットグ」そして最後には更に発音が横滑りを起こして「ヒョットコ」にまでなります。

次に,「ヒョウトク」と聞いていた佐々木喜善の話です。

ある所に爺と婆があった。爺は山に柴刈りに行って大きな穴を一つ見付けた。こんな穴には悪い者が住むものだ。塞いでしまった方がよいと思って柴を一束その穴の口に押し込んだ。そうすると柴はその穴の栓にはならずに、するすると穴の中に入って行った。また一束押込んだがそれもその通りで、それからもう一束、もう一束と思ううちに三月が程の間に刈り集めた柴を悉くその穴に入れてしまった。その時、穴の中から美しい女が出て来て、沢山の柴を貰った礼を言い、一度穴の中に来てくれという。あまり勧められるので爺がついて行って見ると、中には目のさめるような立派な家があり、その側には爺が三月もかかって刈った柴がちゃんと積重ねてあった。美しい女に此方に入れと言われて、爺が家の中について入って見ると立派な座敷があり、そこには白髪の翁が居て、此所でも柴の礼を言われた。そして種々と御馳走になって帰る時、これをしるしにやるから連れて行けと言われたのが童(ワラシ)であった。そのワラシは何んとも云えぬ見っともない顔の、臍(ヘソ)ばかりいじくっている子で、爺も呆れたが是非呉れると言われるのでとうとう連れて帰って家に置いた。そのワラシは、爺の家に来ても、あまり臍ばかりいじくっているので、爺は或る日火箸で突いて見ると、その臍からぷつりと金の小粒が出た。それからは一日に三度ずつ出て爺の家は忽ち富貴長者となった。ところが婆は欲張り女で、もっと多く金を出したいと思って、爺の留守に火箸をもってワラシの臍をぐんと突いた。すると金は出ないでワラシは死んでしまった。爺は外から戻ってこれを悲しんでいると夢にワラシが出て来て“泣くな爺さま、俺の顔に似た面を作って毎日よく眼につく所のカマドの前の柱にかけて置け。そうすれば家が富み栄えると教えてくれた。そのワラシの名をヒョウトクといった。それ故にこの土地の村々では今日まで醜いヒョウトクの面を木や粘土で作って、竈前の釜男(カマオトコ)という柱にかけておく。所によってはまたこれを火男ヒオトコともカマド仏とも呼んでいる。



「ショウトク」という名が,内藤氏の言うように聖徳太子と関係があるのかどうかは,分かりません。そんな発音が似ているだけで結びつけることができるのか,確かに「ヒョットコ」まで転訛(てんか-発音が訛って違う音や意味に近づく)すると,何か強引に当て嵌めすぎだと感じます。

「みにくい子ども,ショウトク3件,みたくねぇ顔付きの童,ショウトグ,ショウドグ」と呼ばれています。どうして「ショウトク」なのでしょう。

つい先日,谷崎潤一郎の「蘆刈」(あしがり)という小説を読んでいたときに,あれっと目に止まる言葉がありました。
姉さんのようにしょうとく福運のそなわった人がどうにもならない世の中なら・・・
出て来たのです。「しょうとく」が。谷崎のこの場合「しょうとく」は「招徳」を意味しています。「しょうとく福運」は「招徳福運」という意味です。ですから金を生み出す童の名は,福を招く「招徳(しょうとく)」でぴったり合うように感じました。

どうでしょうか。
発音が転訛(てんか)することで,全く違う意味を示す言葉に近づいていったり,他の意味の引力圏に引きづられる例はまだあるようです。
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今朝の伊豆沼

例えば「ダイコク」「コウシン」などもそうでしょう。このことについては,別稿で取り上げたいと思います。

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