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1922.11.27 午後8時30分 宮沢トシに捧ぐ

今日は24歳でなくなった宮沢賢治の妹トシの命日です。表題の時刻は永眠した時刻です。
亡くなって88年ということになります。今でも生きていれば112歳になっていました。賢治が2歳になった年の11月5日にトシは生まれました。戸籍ではカタカナの「トシ」,普段は「とし」と言い,「敏子」とも書いたそうです。
宮沢賢治が書いた妹を詠う言葉に静かに心かたむけると,ことばの一つ一つに悲しみの結晶のような光を感じます。私はいつかこの悲しみの結晶の光を写真上に表現できたら・・・と,いつも思っています。
今日はその中から『青森挽歌』を抜粋します。(合掌)
1青森挽歌   

   こんなやみよののはらのなかをゆくときは

   客車のまどはみんな水族館の窓になる

      (乾いたでんしんばしらの列が

       せはしく遷つてゐるらしい

       きしやは銀河系の玲瓏(れいらう)レンズ

       巨きな水素のりんごのなかをかけてゐる)

   りんごのなかをはしつてゐる

   けれどもここはいつたいどこの停車場(ば)だ
2あいつはこんなさびしい停車場を

   たつたひとりで通つていつたらうか

   どこへ行くともわからないその方向を

   どの種類の世界へはいるともしれないそのみちを

   たつたひとりでさびしくあるいて行つたらうか
3かんがへださなければならないことは

   どうしてもかんがへださなければならない

   とし子はみんなが死ぬとなづける

   そのやりかたを通つて行き

   それからさきどこへ行つたかわからない

   それはおれたちの空間の方向ではかられない

   感ぜられない方向を感じやうとするときは

   たれだつてみんなぐるぐるする

    《耳ごうど鳴つてさつぱり聞けなぐなつたんちやい》
4あのきれいな眼が

   なにかを索めるやうに空しくうごいてゐた

   それはもうわたくしたちの空間を二度と見なかつた

   それからあとであいつはなにを感じたらう

   それはまだおれたちの世界の幻視をみ

   おれたちのせかいの幻聴をきいたらう

   わたくしがその耳もとで

   遠いところから声をとつてきて

   そらや愛やりんごや風、すべての勢力のたのしい根源

   万象同帰のそのいみじい生物の名を

   ちからいつぱいちからいつぱい叫んだとき

   あいつは二へんうなづくやうに息をした
5たしかにとし子はあのあけがたは

   まだこの世かいのゆめのなかにゐて

   落葉の風につみかさねられた

   野はらをひとりあるきながら

   ほかのひとのことのやうにつぶやいてゐたのだ

   そしてそのままさびしい林のなかの

   いつぴきの鳥になつただらうか

   l'estudiantina を風にききながら

   水のながれる暗いはやしのなかを

   かなしくうたつて飛んで行つたらうか

   やがてはそこに小さなプロペラのやうに

   音をたてゝ飛んできたあたらしいともだちと

   無心のとりのうたをうたひながら

   たよりなくさまよつて行つたらうか

      わたくしはどうしてもさう思はない

   なぜ通信が許されないのか

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当時はみぞれだったようですが(永訣の朝),こちらは今夜は晴れています。月は10時過ぎに昇ってきます。
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