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賢治の考えていた四次元宇宙とは

羅須地人協会羅須地人協会にて
 賢治に「イギリス海岸」という作品があります。これを読んで花巻のイギリス海岸に行きました。
 今日書くことは,花巻への往き帰りに車の運転をしながらつらつらと考えたことです。
 賢治が「イギリス海岸」という作品を書いたのは,「1923年8月9日」と記されています。しかし,1923,8,9という日付は,トシが死んでから樺太へ訪ねた夏なので,書かれていたことは1922年か,それ以前のことでしょう。この作品の中で偶蹄類の足跡の化石を標本として採集する場面も描かれています。第三紀終わり,5,60~100万年前の偶蹄類の足跡。考えるだけでも,すごいことです。それを目の当たりにしたら誰だって感激するでしょう。賢治は,こんな体験を重ねながら『時空』というものをどのように考えていたのだろうかとふと私は思いました。奇しくもこの「イギリス海岸」の末尾にある1923年という年の1月,賢治は「春と修羅」の「序」を書いています。これは賢治の考え方が明確に表れていることで知られています。その最後の部分にこう記されています。

  すべてこれらの命題は

  心象や時間それ自身の性質として

  第四次延長のなかで主張されます

 

     大正十三年一月廿日      宮 澤 賢 治

 この「四次延長」ということばが「四次元」のことで,どう見てもアインシュタインの相対性理論のことを言っているように思えたのです。というのも,私は最近文庫本になったサイモン・シンの「宇宙創成」(旧題ビックバン宇宙論)を読んでいて1905年に出された「特殊相対性理論」が日本でも紹介されていたときに,賢治も生きていたことを重ねると,このころ賢治は相対性理論の紹介を読み,その影響下で「春と修羅の序」も書かれているのではないか。全く科学のパラダイムを変えたこの理論の理解をもとに賢治も自分の考え方の枠を組み直していたのではないかと思えてしまうのです。

  けだしわれわれがわれわれの感官や

  風景や人物をかんずるやうに

  そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに

  記録や歴史、あるひは地史といふものも

  それのいろいろの論料(データ)といつしよに

  (因果の時空的制約のもとに)

  われわれがかんじてゐるのに過ぎません      同じく「春と修羅」の序から

 だから私の想像は,賢治の「時空」の考え方に行ったのです。
 さて,時間という尺度は,過去現在未来と進み,直線的で正しい間隔で刻まれているめもりがあると普通私たちは考えています。また三次元も幅,高さ,奥行きで空間をつくります。ここまではわかります。しかし空間も伸び縮みし,時間も空間に同調して伸び縮みするというアインシュタインの理論は想像できるでしょうか。それが「時空」という考え方です。相対性理論は,私のような文系の人間には本当に難しく,ただその内容は知りたいといつも思い,いろんな本を読んでみましたが,なかなかイメージできませんでした。しかし,やっとサンモン・シンの本で分かりました。それくらいこの「宇宙創成」は分かりやすいんです。是非読んでください。








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