FC2ブログ

あの世とこの世がつながる場所

朝朝の時間
水面の夕焼け夕べの時間

 あの世への通路は,どこに,どのように存在しているのでしょうか。これは異次元への接点という言い方でも同じです。東北の恐山等,全国にそうしたあの世とリンクできる場所が古来から存在していました。
 
 宮澤賢治は亡き妹と交信するために,樺太の栄浜という北の地を選びました。妹トシとの交信を真剣に考えていたからこそ,賢治は交信可能な「時」と「場所」を吟味していたのだと思います。それらの考察は萩原昌好氏の『宮澤賢治「銀河鉄道」への旅』に詳しいので省略します。今日取り上げるのは折口信夫『死者の書』からです。このだけにと特定している訳ではありませんが,あの世への通路の開かれ方が書いてあります。

 彼岸中日秋分の夕。とあります。つまり昼と夜のバランスが最もとれている夕日です。
 西の山です。「死者の書」では二上山の雄岳,雌岳の間です。神やあの世への道筋は,水によって開かれます。つまり沢筋が大切です。昔から死んだ人の魂は離れるだけで,呼び戻すことによって生き返ると思っていました。だから葬式は行わず,魂呼びの儀式を行っていたのです。あの世から帰ってこないようにする葬式は新しい考え方でした。言わば,あの世とこの世は交通可能で,場所や時を特定して,正しく儀式を行うことで離れていった魂を呼び戻せると思っていたわけです。
 そして強い風,嵐です。
これらの条件がそろうとき,そして強く願う心があるとき,浄土との回路が開かれます。このイメージが『山越阿弥陀図』です。というより,折口信夫は『山越阿弥陀図』を見て,「死者の書」を書いたのです。

山越阿弥陀図山越阿弥陀図

 わたしは今日,そんな考えもあったものですから,夕日を見に行きました。水面に映った夕日が2枚目の写真です。
 しかし,秋分の日の,どうして朝日ではなく,夕日なのでしょうか。やっぱり西に沈むから,西方浄土と結びついているのかなと思いました。山越阿弥陀図の背景には海があります。前に鳥海山から日海へ沈む真っ赤な夕日を見たことがありました。きれいでした。その海にまっすぐに伸びた光の筋こそが,あの世への通路と思われたのでした。

にほんブログ村 写真ブログ ネイチャーフォトへ
にほんブログ村
関連記事

コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

Re: あの世とこの世がつながる場所

HITOYASUMIさん。いつもコメントありがとうございます。

> 彼岸と此岸の境が何なのか気づくことはできるのでしょうか。

この世とあの世との境は,設定としては霧だったり,トンネルだったり,洞穴だったり,林だったりします。たまに嵐だったり,強い風だったりもします。
そこを抜けたときに,新しい世界が待っているようです。おもしろいことです。わたしは逢魔が時という夕暮れから夜になるときにチャンスと,勝手に想像しています。ただの想像ですけど・・・。

あの世とこの世がつながる場所

死後の世界を信ずるものにとって、古来からその場所は
どこか、そこへどう行ったらいいのか大きな問題でした。
大切な方を亡くしたとき、やはり人は真剣に思うのでしょう。
彼岸と此岸の境が何なのか気づくことはできるのでしょうか。
非公開コメント