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賢治とアニミズム

薄氷の朝薄氷の朝
 時折,宮澤賢治の魅力って何?とか,考えてみます。いろんなことが思い浮かぶんですが,明確に答えることが意外と難しいことに気付かされます。そんな何かことばに言い尽くせない魅力が賢治にはあるんでしょう。今日はその中でも,賢治は作品において,なぜあんなに動物を取り上げたのか,動物と人間との接点の考え方を取り上げてみたいと思います。

朝日のハクチョウ朝日を浴びて
 ご存じのように宮澤賢治の物語には,動物が出てくる話がいっぱいあります。「よだかの星」「注文の多い料理店」「貝の火」「どんぐりと山猫」「雪わたり」「猫の事務所」挙げればきりがありません。よく賢治の作品に興味をもった人は,なんであんなに動物が出てくるの,という疑問を持ちます。

マガンの朝薄雪色の朝
わたしは,賢治が作品に動物を取り上げ続けたことは,自然と仏教説話が彼のスタイルになった結果と捉えています。仏教説話というのは道徳や人生訓を物語としてわかりやすく伝えるという物語形式のことです。賢治も子どもの頃から親しんだ,このような仏教説話には動物も数多く登場しています。「日本霊異記」や「宇治拾遺物語」等,古来から仏教説話はたくさんあります。次に「ジャータカ」があります。「ジャータカ」はブッダの前世物語です。ブッタの前世が様々な動物たちであったことを基に書かれている物語です。賢治も様々な形で「ジャータカ」の物語に触れていたと考えられます。

薄氷の朝2薄氷の朝日を浴びて

 さて,話を急ぐと,これらの物語は,動物が普通に人間と同じ次元で話をしたりする同等の関係にあることです。動物と人間との間にある厳然とした境界が消滅しているところに物語の土台があります。「遠野物語」の話者佐々木喜善の編んだ「聴耳草紙」の冒頭は,鳥の声が聞こえる「聴耳ずきん」から始まっています。人間と動物の境界の消失こそがこの現実から物語世界に入るライトモチーフになるのです。すべての生き物に命はあり,仏性が宿るという考え方は,今でもさほどめずらしい考え方ではありません。命という地平では,鳥も,人間も,熊も同じ生き物として同等になります。これは前史的なアニミズムと捉えられていますが,この地球上の生物をトータルに考えると,ことばを話さないからと言って,コミュニケーションが成り立たないということはありません。動物たちもそれぞれの方法でコミュニケートしています。
 賢治の物語の魅力は,命というもので同等となった動物と人間の交流が生き生きと綴られていることにあります。このような生物としてのアナロギカルな同質性がアニミズムという考え方を生んだのであれば,アニミズム自体が現代では,動物コミュニケーション科学として成立していることを考えると,自然との共生は,まだ間に合います。

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コメント

Re: 賢治作品の魅力

> 科学や宗教、医学、地学、天文学、動物学・・・、
> 深く広いいろいろな知識が賢治作品には表れています。
> 愛や命の大切さ、人間の愚かさを扱った作品は多いのですが、
> 宗教でも説明できない、死後の世界を真剣に追究しようと
> しているところにすごさを感じます。

ありがとうございます。その通りですね。わたしも死後の世界に興味があるというのではなく,どんどん広がっていく思考に世界の境界を超える広がりを感じるのです。この世やあの世を縦横に超えていける思考。賢治はその力を持っていたのです。

賢治作品の魅力

科学や宗教、医学、地学、天文学、動物学・・・、
深く広いいろいろな知識が賢治作品には表れています。
愛や命の大切さ、人間の愚かさを扱った作品は多いのですが、
宗教でも説明できない、死後の世界を真剣に追究しようと
しているところにすごさを感じます。
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