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天の川と震災ゴミ『文学生産の哲学』

天の川と震災ゴミ天の川に届かんばかりの震災ゴミ

 4月7日23:32の震度6強の地震。
 強烈な縦揺れ。そしてまた停電,断水となってしまいました。そして丸一日経ち,電気は復旧していますが,水道は破裂箇所が多いらしく復旧のめどは立っていません。
 警察庁によると、8日午後8時現在、警察が確認した死者は7日夜に発生した余震も含め12都道県で1万2787人、行方不明者は1万4991人で、合わせて2万7778人になった。負傷者は4661人。

 不明者が未計上だった岩手県山田町で新たに285人が追加された。これにより、不明者が計上されていないのは宮城県仙台市と東松島市、南三陸町の3市町だけになった。
まだ何人が見つからないのかも分かっていないのです。やっと手をつけた原発周辺の捜索を含めれば3万人は越える空前の自然災害による大惨事となるでしょう。本当に痛ましいことです。自分が生きている時代に千年に一度というこんなに大きな惨事に見舞われるとは・・・。朝起きる度,何回もこのことが夢であって欲しいと思いました。

写真はこの地震の前日の夜。晴れが続いた夜もそろそろ終わりだと思い,夜の撮影を2時まで行ったのでした。うず高く積まれていく震災ゴミを見ていると生活がもろくも崩れていった絶望やあきらめを見るようです。そこに今年の天の川がいつも通りに昇っていきます。
 一体,自然はこの非情な震災で何を私たちに伝えようとしているのでしょうか。わかりません。自然には人間が求める安定や恒常性という目的とは何か無関係な,価値のない運動だけがあるようにしか思われません。かつてベスビオス火山の噴火によって呑まれたポンペイの町のように。それは善や悪とはかけ離れた自然の不安定さの中にいるということだけしかわかりません。大洋の中の小さな島の集落が一晩で海の中に沈んでしまうこともあるのです。実際に自然はそれを行ってきました。取り立てて人間の望むものとは無関係に,自然はすべてのことが可能で,それが全体の運動であるだけで,何かを犠牲にしてまで,ある秩序を生み出すことに向かうでもなく,生み出されたものはある目的があっての姿でもなく次の安定のためのものであるとしか言えません。このような非合理で,不平等な自然は善もなく悪もないという意味で自ら加害者ともなり,被害者ともなります。ことごとく人間の作り出す価値(歴史)とは正反対である自然の価値は拒否的であるからこそ人間にとっては試練でした。
 私は何を言いたいのでしょうか。つまりこうです。人間は人間の物語(価値を語る歴史)をやめるわけには行きません。人間の求める価値が自然とはある部分で無関係だとしても人間の歴史の物語は続くということです。そして究極において人間の作り出す価値を語る歴史と行為はおそらく最後には一致するまで続くでしょう。復興とは物の復興でもあり,人間の精神の復興でもあるのですから。

今日の一冊
ピエール・マシュレ『文学生産の哲学』
文学生産の哲学―サドからフーコーまで文学生産の哲学―サドからフーコーまで
(1994/02)
ピエール・マシュレ

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今回の記事はこの本の中の「サドと無秩序の秩序」を読んで書きました。
この未曾有の大震災をもとに「わたしに何ができるか」ということで復旧,復興に直接携わっている被災者の方々,家族,国,自治体,本部,ボランティアの方々には本当に頭が下がります。私は,見て,そして考えることしかできませんが,精一杯やります。

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コメント

Re: 心が痛みますね・・

> 改めて被害の大きさ、戦いの長さを感じました。
>
> こうして応援することしかできませんが、
> nittaさんをずっと応援しています。

あさのさん。いつもありがとうございます。長く一歩ずつ,このハードルを越えながら人々はまた強くなっていくのだと思います。そうした東北の人々の粘り強さを,今日書いた藤沢周平の作品はよく表していると思います。

心が痛みますね・・

nittaさんへ

天の川と震災ゴミの記事や写真を見せて頂きました。
次の日が余震にあったということだったので、
心配しました。
大丈夫でしたか・・?

まず真っ先にnittaさんのことを思い浮かべまして。

天の川と震災ゴミの写真はとても
驚きました。
自然の弛みない大きな流れと
目の前に広がる悲しい風景がどうしても
調和するはずもなく、
nittaさんの記事を通して、
改めて被害の大きさ、戦いの長さを感じました。

こうして応援することしかできませんが、
nittaさんをずっと応援しています。
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