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藤沢周平『橋ものがたり』

長沼に昇る天の川長沼に昇る天の川

 人情市井ものでふるう藤沢周平の筆は,また見事である。
人は他人に言えない影を持っている。だからこそ人は成長するのである。
ふと橋の上で黒々とした流れを見ていると,自分のそんな過去が胸先まで突き上がってくる。それを抑えて生きていたが,ふとした隙に後悔は川霧の奥に見えるよどみのように消えて無くなることはない。

 そんな人たちが藤沢周平の作品の主人公なのだ。
 そして描写の妙を感じるのはその自然描写にある。
『橋ものがたり』の冒頭は「約束」で始まる。年季奉公明けの幸助が幼なじみのお蝶と五年ぶりに再会する。その約束を萬年橋でかなえようとしているのだった。
幸助は外に出た。柔らかい日差しが路に溢れて,歩いている人々の足どりが軽く見えた。八ツ半(午後三時)を少し回ったばかりで,外は明るく,日に暖められた空気が重くよどんでいる
この「柔らかい日差しが路に溢れ歩いている人々の足どりが軽く見える」ところに幸助の興奮する気持ちがよく表されている。そして,不安もある。「空気が重くよどんでいる。」という言い方で幸助の不安もかきたてる。夕暮れになり始めるとその不安も大きくなる。
しかし,五年前の約束だ。お蝶がおぼえているとは限らないのだ。
 幸助が,ふいにそう思ったのは,川を照らしていた日射しが輝きを失い,西に傾いた日が雲とも靄ともつかない,ぶ厚く濁ったものの中に入り込んで,赤茶けた色で空にぶらさがっているのを見たときだった

このように天気の描写と気持ちはいつもシンクロしているのである。
 まだ,お蝶は来ない。
水は絶え間なく音を立て,月の光を弾いている。日が沈むと,あたりは一度,とっぷりと闇に包まれたが,まもなく気味が悪いほど,大きい月が空にのぼった。その月の光が,幸助をもう少し待ってみる気にさせたのである。
夜八時に昇る赤い月は立ち待ち月ではないだろうか。結局お蝶はやってきた。
 そして,ラストである。
すると,戸が向こうから開いて,なだれこむ朝の光の中に長身の男が立っていた。(中略)狭い土間に躍るように 日の光が流れ込んでくるのを眺めながら,幸助は,ここに来たのはまちがっていなかった,と思った
この自然描写が影を持った人間の味方をしてくれる。自然の移り変わりは人の気持ちの移り変わりでもあると体得していた藤沢周平の筆はますます冴え渡って,見事である。

橋ものがたり (新潮文庫)橋ものがたり (新潮文庫)
(1983/04)
藤沢 周平

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