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約束「菊花の約」

伊豆沼朝9_tonemapped-ss
 退院する彼女がいよいよという時に病院のロビーで言った。
 「一年後のこの日,3時にここで会いましょう。」
 その言葉はどこか彼女の退院の嬉しさからの,残る私に対する配慮のように思えた。
 わたしは「うん」と頷いた。
 それから会うこともなく,わたしの手帳には,約束のその日に○印だけが残った。
 忙しさが続いたある日,約束の○印をとうに過ぎた日に,私は手帳の印によって約束を思い出した。失念していたわけではなかった。

 彼女は来たのだろうか。来て,ずっと待っていたのだろうか。
 それとも彼女はそんな約束さえも日常の中で忘れていたのだろうか。
 私の中には,約束を果たさなかったという苦い思いが残った。

遠い昔の話である。
栗駒9.6 092-s
 藤沢周平の「橋ものがたり」の冒頭は「約束」という短編で始まる。このことについては前にも書いた。(その記事は こちら )

 年季奉公明けの幸助が幼なじみのお蝶と五年ぶりに再会する。その約束を萬年橋でかなえようとしているのだった。しかし約束してから五年の月日が経っていた。互いに世の中の波にもまれ,辛苦も舐めざるを得なかった。
五年前の約束だ。お蝶がおぼえているとは限らないのだ。
 幸助が,ふいにそう思ったのは,川を照らしていた日射しが輝きを失い,西に傾いた日が雲とも靄ともつかない,ぶ厚く濁ったものの中に入り込んで,赤茶けた色で空にぶらさがっているのを見たときだった。(引用)

お蝶はこのとき身売りまでしていたのだった。彼女には幸助に合わせる顔がないと思っていた。しかし,お蝶は一日たりとも幸助との約束のことは忘れたことがなかったのである。約束の時刻はとうに過ぎていた。


水は絶え間なく音を立て,月の光を弾いている。日が沈むと,あたりは一度,とっぷりと闇に包まれたが,まもなく気味が悪いほど,大きい月が空にのぼった。その月の光が,幸助をもう少し待ってみる気にさせたのである(引用)
果たしてお蝶はやってきた。しかし,別れを言いに・・・。

栗駒9.6 091-s
太宰治の「走れメロス」は約束を果たすという話である。メロスは王にこんな約束をする。
この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」(中略)

 まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。(引用)
約束は果たされた。
しかし,かなしい形で果たされる約束もある。
プール納会9.9 001-s
 9月9日だから重陽の節の,ちょうど今頃の話でです。
「では重陽の佳節に帰るとしよう」
 左門は言った。
「兄上、必ずやこの日をお間違えのないように。一枝の菊花と粗酒を用意してお待ちしておりますので」
 お互いに誠意を尽くして約束をし、赤穴は西へ帰って行った。
 月日の経つのは早いもので、下枝の茱萸(ぐみ)の実も色づき、垣根の野菊も艶やかに咲く九月となった。九日、左門はいつもより早く起き出すと、粗末な家の座席を掃い、黄と白との菊の枝を二三本小瓶に挿し、巾着袋を傾け出した金で酒や食料を買い求め、食事の支度をした。その様を見た老母は言う。
「出雲の国は山陰の果てにあり、ここから百里も離れていると聞きます。お前の兄上は今日帰り来るとは限らぬのに、来たのを見届けてから用意をしても遅くはないでしょう」(引用)

栗駒9.6 182-s
しかし,策により幽閉された赤穴は約束の9月9日の重陽の節句に帰ることができなくなったのである。
私はお前との菊花の約のことを語って帰ろうとした。すると経久は私を怨んでいる様子であり、丹治に命じて、今日に至るまで私を城から出そうとはしなかった。この約束を違えば、お前は私をどう思うことだろう、とただひたすら思い沈んでいたが、城から逃れる術も無い。そこで私は、昔の人の或る言葉を思い出した。つまり『人は一日で千里を進むことが出来ぬ。だが霊魂ならば一日に千里さえも行くことが出来る』と。私は自刃すると、今宵の陰風に乗ってはるばる此処に至り、菊花の約を守ることが出来たのである。どうかこの気持ちを受け取って頂きたい」
 そう言い終わると、赤穴は止め処なく涙を流しているようだった。
「これにてお前との永訣となる。母上に良くお仕え申されよ」
 赤穴は席を立ったかと思うと、かき消えて見えなくなった。(引用)
どうしても帰ることができないと悟った赤穴は自ら自刃し,魂で帰ったのです。

この話は,「菊花の約(ちぎり)」という上田秋成の「雨月物語」にあるものですが,私が最近読んだのは小泉八雲の「怪談・奇談」ででした。

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今日は長くてすいませんでした。でも読んでいただいてありがとう。
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コメント

Re:  ・・・みんなで共有・・・ 

yachoさん。いつもありがとうございます。             
>
>  ところで・・・今年「白鳥とガン」が、当地を離れた日などわからないものでしょうか?
>    ・・・私の記憶では、3月9日(一回目の地震)にはいなかったと思いますか゛・・・。

そうですね。毎年寒さのピークは節分,立春の頃なんですが,今年は1/25日に来ました。約十日早かったんです。1/25をピークにあとは春めいてきました。季節がずれたんだなあということを憶えています。3月の地震の頃にはいなかったと思います。ちなみに秋田小友沼(ガンの北帰で立ち寄るところ)では3月すぐで一気に数が増えています。ですから,3月9日は殆どが秋田にいたことになります。
 今年は5月に入っても伊豆沼で北帰するガンを見ました。こんなに遅いのもめずらしいなあと思ったことを憶えています。 
>    

 ・・・みんなで共有・・・ 

 遠くの山と光・・・夕焼けと・・・光差す林と道・・・

   いいですね。  境界としての夕暮れ・・・   白から続く薄黒、そしてその明確でない 「境」・・・  今から次へ・・・一瞬から永遠へと続く時のつながり。 

 ・・・このように感じられる「なにげない日常」 ・・・ 
                  
                 ・・・被災地も含めて、みんなで共有したいものですね。
            

 ところで・・・今年「白鳥とガン」が、当地を離れた日などわからないものでしょうか?
   ・・・私の記憶では、3月9日(一回目の地震)にはいなかったと思いますか゛・・・。 
   



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