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夜明けの道

2s.jpg夜明けの道
テーマ『伊豆沼の自然と野鳥』
 伊藤利喜雄氏,伊藤孝喜氏,橋利行氏,G1さん,そしてわたくし,nitta245の5人の伊豆沼・内沼の自然と鳥を見つめた写真展です。

朝11.27 157-s叢(くさむら)から11/27朝
 只今のこちらの日の出は6時半。
 ガンが飛び立つのがどんどん遅くなっています。あっという間に出勤時間となります。横目でガンの大群が飛び立つのを車で見送るのは精神衛生上よくありません。

 「出家とその弟子」「愛と認識との出発」等を書いた倉田百三が,自然を見つめながら俳句に打ち込む内,強迫神経症に陥ったという話をどこかで読んだことがありました。
出家とその弟子 (岩波文庫)出家とその弟子 (岩波文庫)
(2003/07/17)
倉田 百三

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 美を見いだそうとする余り,ものをよく見なければと言う気持ちになり,ひたすら観察に徹する。四六時中,美の片々を意識していなくてはいられなくなる。一時も心の安らぐことはなくなり,取り憑かれたように周囲の世界に目を配り,取り逃すまいと事物を凝視し,俳句に移し替えることに全神経を傾けずにはいられない。彼の「見ることへの執着」は次のような症状らしい。
自然を観照する事を実践していたが、観照しようとすると事物は淡々として感動を与えなくなった。更に全体を把握しようとすると細部にしか注意が行かなくなった。部分しか見えなくなった。八百屋の前を通りかかると、知覚できるのは野菜や果物だけである。店全体がどんなものかがわからない。街には人や馬や、車が行き交っているがその全てが統覚できない。時にあるがまま、無為自然体でいる時に全体が把握できる事に気付くがそれは束の間であった。どうしても意識的執着となってしまう。更にその部分が回転するようになった。めまいがして嘔吐し倒れた。事物を見ることに強い恐怖を感じるようになった。この恐怖の観念に怯えている最中に、瞼を閉じている時も眼は瞼の裏を見ているという観念に囚われるようになった。眼は見続けているので、休む事は無く、眠る事はできないと思うようになった。「不安の力(Ⅶ)倉田百三の場合」から引用
このあと,倉田百三は森田正馬を訪ね,診察してもらう。森田はこう診断している。
「百三は観照の美学などと称しているが、これは観照する対象の美そのものを感得する心ではなく、観照に対する努力の快感にほかならない。」対象を眺めてそこに美を感得しているのではなく、美を快と混同して自分の快適な気分に陶酔し、耽溺しているのであるから、ふとしたきっかけでこの気分は容易に反転する。百三はこの反転に焦り、もがき執着してはからい、強迫観念に至っているという理解である。(上掲から引用)
美を感得することと自分の努力の快感を同一視するという混同。ありそうな話である。いや,私にも似たところがあるからこそ,この話を憶えていたのだろう。
朝11.27 043-s
11/27朝
 精神衛生上,身体によい写真をしたいものである。

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コメント

Re: 静物でない生物・・

> 「精神衛生上、身体によい写真・・」
> うーん 写真となると・・
> なかなか・・・今の状況では、難しいと思いますが・・。
> (私のように(無束縛!)ならないと・・。
> 今は、生活の手段と目的を、スリムにはできないでしょう。)
>
> 観照・・・難しいですね。・・程度の問題ですかね。
> マクロとミクロを考える(見る、捕る)・・ではダメでしょうか。
> 前作の「冬桜」の様に、「桜の木」と「一つの桜の花」・・どちらも良いですよ。
> (大きな問題なので、活字で表現することは至難です。)
>
>
> あっ、という間に終了時間!。
> ・・・を、次のように、考えてみてはどうでしょう。
>
> 時間がないので、最初から、丁寧な撮影に没頭する。
> (いつも、そうしているでしょうが、特に意識する。)
> そして、後ろ髪を引かれ、現場を去る。
> (集中したと言う、満足感は残ると思います。)
>
> ・・残って撮影しても、はたして満足のいく映像が期待できるでしょうか。
> 当面は、許される範囲で、丁寧に撮影することではないでしょうか。
> とにかく通うことだと思います。
> 相手は、「静物ではなく生物」ですから、「隠れた姿」を見せるかもしれません。
>
>
> 色々と生意気言って済みません。
> (最後は「自己満足」だと思います。)
>
>
>   ありがとうございました。
>
いつもありがとうございます。
いろいろとアドバイスもありがとうございます。
限られた時間ですが,素晴らしい風景を追いかけることはやめられません。時間の許す限り通いたいです。 

静物でない生物・・

「精神衛生上、身体によい写真・・」
うーん 写真となると・・
なかなか・・・今の状況では、難しいと思いますが・・。
(私のように(無束縛!)ならないと・・。
今は、生活の手段と目的を、スリムにはできないでしょう。)

観照・・・難しいですね。・・程度の問題ですかね。
マクロとミクロを考える(見る、捕る)・・ではダメでしょうか。
前作の「冬桜」の様に、「桜の木」と「一つの桜の花」・・どちらも良いですよ。
(大きな問題なので、活字で表現することは至難です。)


あっ、という間に終了時間!。
・・・を、次のように、考えてみてはどうでしょう。

時間がないので、最初から、丁寧な撮影に没頭する。
(いつも、そうしているでしょうが、特に意識する。)
そして、後ろ髪を引かれ、現場を去る。
(集中したと言う、満足感は残ると思います。)

・・残って撮影しても、はたして満足のいく映像が期待できるでしょうか。
当面は、許される範囲で、丁寧に撮影することではないでしょうか。
とにかく通うことだと思います。
相手は、「静物ではなく生物」ですから、「隠れた姿」を見せるかもしれません。


色々と生意気言って済みません。
(最後は「自己満足」だと思います。)


  ありがとうございました。

 
  








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