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チャネリングの試み-賢治とトシ-

霧の朝11.10 250-09s霧の朝
 昨日は宮澤賢治の妹トシのことを書いたが,賢治は亡くなったトシと確かに交信できると感じていたようだ。つまりチャネリングを試みたわけです。それも北の果て,樺太の更に鐵道の終点の栄浜という海岸をチャネリングの場所として選んだ。この場所の選定には何か考えがあるのだが,わからない。
 ただ,死んだ妹と交信(チャネリング)することに大きな期待を抱いていたし,何かしらうまくいくのではと賢治は考えていた。それと言うのも・・・。
県大会11.18 337-2s
 過去にも死んだトシから発信されたメッセージを受け取っていたのです。

 「そして私のうけとった通信は
  母がかん病のよるにゆめみたとおなじだ」  『青森挽歌』
 
 「まるっきり肖たものもあるもんだ、
  法隆寺の停車場で
  すれちがふ汽車の中に
  まるっきり同じわらすさ。」
  父がいつかの朝さう云ってゐた
  そして私だってさうだ
  あいつが死んだ次の十二月に
  酵母のやうなこまかな雪
  はげしいはげしい吹雪の中を
  私は学校から坂を走って降りて来た。
  まっ白になった柳沢洋服店のガラスの前
  その藍いろの夕方の雪のけむりの中で
  黒いマントの女の人に遭った。」
                                        『青森挽歌 三』
 この父と行った旅行先での法隆寺の駅ですれ違った列車に乗っていた人,そして柳沢呉服店前にいた黒いマントの女が「トシ」だったという。
 さらに,再び賢治が電車に乗っているおり,賢治自身にトシの声が聞こえたという事実もあります。

 「ただひときれのおまへからの通信が
  いつか汽車のなかでわたくしにとどいただけだ」    『風林』

 これらは本当に死んだトシからのメッセージだったのでしょうか。それとも家族の心の中の「内的言語」が幻覚として現れたものだったのでしょうか。それを確かめるために賢治は樺太での「あの世」との交信を試みたのでした。
栗駒11.23 305-s
 結果的にはこのチャネリングの試みは,うまくいかなかったのです。
 しかし,このような試みが賢治の中でより一層思慕のの思いを募らせていったことは確かでしょう。

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コメント

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Re: 二羽の白鳥は・・・

> 賢治の、焦りにもにた切なさが感じられます。
>
> 水面を走る、二羽の白鳥がいいです。
>
>
>  ありがとうございました。
>
> 今日から師走です。
> 「合同写真展」も始まりますね。
> 私は、今日から気仙沼です。
> ・・・そのうち、写真展にいきます。

yachoさん。いつもありがとうございます。
こちらはいよいよ仕事に追いまくられる日に突入です。がんばらないと。

二羽の白鳥は・・・

賢治の、焦りにもにた切なさが感じられます。

水面を走る、二羽の白鳥がいいです。


 ありがとうございました。

今日から師走です。
「合同写真展」も始まりますね。
私は、今日から気仙沼です。
・・・そのうち、写真展にいきます。
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